茶室の教え

  • 2016/02/04(木) 21:25:24

このたびユスト高山右近の列福が正式に発表された。
高山右近といえば、茶人としても名高い。
千利休の七哲と呼ばれる高弟の一人。

私は大学時代から修道会に入会するまで、
かなり長い期間、裏千家の茶道を習っていた。
今は茶室に座る機会がほとんど無いけれど、
高山右近が囁いているのかどうか、
この頃、茶室で教えられたことがよく思い出される。

その中に
「軽い道具は重いもののように、重い道具は軽いもののように扱いなさい」
というものがあった。
つまり茶せんとか茶杓とかは重々しく、
茶釜や水差しは軽々と持ち運ぶということ。
今思うと、それは単に道具のことだけでは無かったのだと思う。

簡単なことを慎重に丁寧に行い、
難しいことをいとも軽々とやって見せることが茶人の生き様では無かったか。
小さなこともおろそかにせず、大変な時に不満も苦悩も感じさせない。
なんと美しい、なんと粋な生き方であろうか。

高山右近の生涯を紹介するDVDの中で、こんなような言葉が紹介されていた。
「右近殿にとって地位や身分を捨てることは、大したことではないように見えます」
大したことではないように見えた・・・。
実際は大したことだったであろう。
しかし困難を困難と思わせないところが、
信仰者であり茶人である右近の偉大さなのだと思う。

この記事に対するコメント

お裏は、結婚するまで長年習っておりました。奥伝までいきましたが、そこで結婚・・・茶室のあの凛とした空気、「相客に心せよ」・・・教えの深さは大きいでした。娘が小学校6年の夏、カトリック・ボーイ・スカウト全国野営で、能勢に行ったおり、高山右近の巡礼がありました。大勢での巡礼ゆえ、野営前に、娘を連れて夏の日差しの中、プレ巡礼をし、高槻教会の事務の方にはお世話になりました。学校の夏の自由研究では、これをもとにうーこんどのを取り上げました。利休七哲の一人。お点前は、神父さまのミサの手順に似ている・・・熱い中、11歳の娘を連れての巡礼と資料集め、茶道の振り返り・・・懐かしいです。母は若かった・・・今ではもうその元気は怪しいですが。

  • 投稿者: テレジア
  • 2016/03/05(土) 20:32:56
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