東北巡礼記4

  • 2014/10/29(水) 17:05:00

最終日は一関からスタート
ここでは後藤寿庵の足跡を偲ぶ。
一関教会でミサに与った後、
水沢教会に移動した。
こちらの立派な寿庵像は水沢教会の入り口に立っている。

東北8

後藤寿庵はこの辺りに生まれたが、
長崎に学び、五島で洗礼を受けた。
そのため、初めは五島寿庵と名乗ったが、
後に「後藤」と改めたらしい。

水路の開発によって地元の農業を発展させた寿庵は、
伊達政宗のおぼえもめでたかった。
寿庵を失いたくない政宗は「信仰を秘密にするように」勧めたが、
彼は信仰を貫きとおし、ついに財産の全てを奪われて追放された。
その後の行方は不明だという。

寿庵の屋敷跡には立派な廟が建てられている。
地域の発展に尽くし、信仰上でも模範となった彼を偲び、
年に二回、教会と地域とで祭りが行われるとのこと。
もし切支丹禁教令が無かったら、
寿庵はもっと多くの功績を残していたかもしれない。

Sr.ぱうろ

この記事に対するコメント

もし、切支丹禁教令がなかったら、今の日本はもっとクリスチャンが多い国
だったかもしれませんね・・・。
そう思うと残念で仕方ありません・・・(T_T)

  • 投稿者: くらら
  • 2014/10/29(水) 18:13:53
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