癒された人

  • 2009/02/12(木) 09:50:48

一昨日、共同体でみことばの分かち合いをした。
2月15日(日)の朗読から。
福音箇所はマルコ1.40~45
重い皮膚病が癒される場面。
私はこの箇所が好きだ。
原文のニュアンスを活かしつつ訳すとこんな感じになる。

一人の重い皮膚病の患者がイエスの前に跪きながら、願って言うのには
「あなたがお望みになれば私を清くすることができます。」
イエスは内臓をえぐられるような憐れみを感じられ、
手を差し伸べその人に触れて言う。
「私は望む。清くなりなさい。」

当時、重い皮膚病の人は街の外で暮らさねばならなかった。
社会から見捨てられ、家族からも引き離された孤独な存在。
肉体のみならず心も深く傷ついている。
生きているのが嫌になることもあっただろう。
その苦しみを見たイエスは、内臓がえぐられるほどに心を揺さぶられた。
そして思わず病人の体に手を伸ばして触れた。
心の奥からは
「私はあなたが癒されることを望む」という言葉が流れ出た。

イエスが望めば癒されると信じた病人と、その人の癒しを心から望んだイエス。
そこに奇跡が起こった。
その後、癒された病人はかたく口止めされたのにこのことを言いふらしてしまう。
そして多くの人がイエスのもとに殺到した。
なんだかイエスさまには気の毒な感じがするが、
彼は黙っていられなかったのだろう。
自分の身に起こったことが嬉しくて嬉しくて

「イエス様は素晴らしい!」

と告げ知らせずにはいられない。
宣教の原点はこんなものではないかと思う。

Sr.ぱうろ

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