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ロザリオ月

  • 2020/10/28(水) 09:47:09

ロザリオの月(10月)ももうすぐ終わる。
毎年、ロザリオの月には最低1本のロザリオを編むように
していたが、今年はさっぱりやる気が出ず、
新しい作品は生まれなかった。

・・・が、どうでもロザリオの製作に関わらせようとする力が
どこかから働くらしい。
今年はロザリオの修理を2ヶ所から依頼された。

一本目はある姉妹からの依頼。
しかも見れば、そのロザリオは過去に私が作ったものだった。
問題が多々あって、ほとんど作り直しのような大修理になり、
仕上がったものがこちら。

ロザリオ(修理済)
(クリックすると拡大されます)

二本目は病院にある「ガラシア夫人の日本人形」が肩から下げていたもの。
透明なガラス玉で出来ていて、
人形が持つには大きな(人間が使えるサイズ)ロザリオだ。
しっかり握りしめている手を壊さないように人形から外したものの・・・。

・・・これは、新たに作り直すしかない。

針金には緑青が生え、ところどころ珠が劣化していた。
メダイや十字架もすっかり黒ずんでいる。

結局、ロザリオ月には何かロザリオを作らなければならないらしい。
ガラシア人形のロザリオは、オリジナルに近い材料を探すところからスタート。
ロザリオの聖母は、なかなかに細かいオーダーをしてくる。

ヨブ記

  • 2020/10/12(月) 21:27:13

読書の秋を過ごしている私。
今読んでいるのは「ヨブ記」の解説書。
旧約聖書の「ヨブ記」は、かなり異色の物語だと思う。
ヨブは神の前に正しい人。
その非の打ち所がない人物であるヨブが、
これでもかと不運に見舞われる。
普通なら「神も仏も(?)あるものか」と思うような状況なのに、
ヨブは「私は神から幸福をいただいた。だから不幸もいただこう」と
どこまでも信仰を失わない。

この話のすごいところは、
決して「因果応報」ではない現実を描いているところだ。
私たちはちょっといいことがあると
「日頃の行いが良いから」と言い、
悪いことが起こると
「どうして私がこんな目に」と思いがちだ。
「どうして私が…」と言う時には、
私はそんなに悪いことをしていないのに・・・という思いが潜んでいる。
だが神は善人にも悪人にも太陽を昇らせ、雨を降らせる。
その人の言動に原因を求めるのはナンセンスなのだ。

さらに「ある、ある」なのはヨブを見舞う三人の友人たち。
彼らは見舞いに来たはずなのに、
ヨブに説教をするような展開になり、却ってヨブを傷つけてしまう。
解説書の中に興味深い例があった。

著者はときどき奥さんに相談をされるという。
そこで「ああすれば」とか「それはこういうことだろう」などと
アドバイスをすると奥さんは怒ってしまう。
奥さんはただ自分の想いを聴いて共感して欲しいのだと。

…納得である。

確かにそんな時がある。
アドバイスされるよりもただ気持ちを受け止めてほしいことが・・・。

ヨブ記は色々な意味で「深い」
人生の苦難に立ち向かわねばならないときの道しるべと言える。
解説書を読み終わったら、
もう一度、聖書の「ヨブ記」を読んでみよう。