共同体

  • 2016/06/29(水) 20:04:16

修道院の前の道には紫陽花がたくさん咲いている。
駐車場の入り口にも大きな紫陽花の株がある。
その一つを見て面白いことに気付いた。
確かに根っこは同じなのに、紫、白、青など様々な色の花が咲いているのだ。

紫陽花のかぶ

それを一緒に居たシスターに言ったら
「共同体みたいね」と。

うまいことを言う。

同じ精神で誓願を立て、
一つ屋根の下で暮らしていても、
私たちは顔も性格も年齢も様々。
似た者同士も居れば、全く個性の違う人も居る。
宣教の仕方も、表現方法もそれぞれ違う。

それでも根っこはひとつ。
同じ精神のもとに誓願を立てている。
色も大きさも違うけれど根っこは同じ紫陽花たちのように。

年々歳々・・・

  • 2016/06/21(火) 20:45:12

あじさい2
実はこれは二年前に撮った写真。
今年も同じ場所に同じような紫陽花の花が咲いている。
そこで思い出したのがこの言葉。

年々歳々、花相い似たり  歳々年々、人同じからず

はるか大昔、小学校の卒業を控えて、
校長先生にサイン帳を書いて頂いたところ、
この言葉を立派な文字で書いて下さった。
(毛筆だったか筆ペンだったかは定かではない)
花は毎年同じように咲くけれど、
人間は年々変化して行く・・・というような説明を聞いたと思う。

去年の今頃、自分が今ここにこうしていることは想像もしなかった。
来年、再来年、自分も周囲の人もどう変わっているか分からない。
過去には想像出来なかったような現在、そして未来が、
生きている限り重ねられる。
初めて読んだその時にはまるで意味不明だったこの言葉が今は深く心に響く。

年々歳々、花相い似たり  歳々年々、人同じからず・・・

開花!

  • 2016/06/15(水) 19:57:07

ひまわり
思えばこのブログは花が咲く話題が多い。
なんとなく「開花」とタイトルをつけてみたが、過去にも花が咲いて
「開花」と名付けた記事がいくつかある。
桜が咲いた。朝顔が咲いた。時計草が咲いた・・・。
修道院に入るまで植物の世話とはまるで縁が無かったのに、
これは一体どうしたことか。

ここ何年かは花ばかり育てているけれど、
修練院に居た時にはバジルとかイタリアンパセリとか
ルッコラとかいったハーブも育てたし、
オクラやミニトマト、タアサイなどの野菜も育てた。

かつては思いもしなかったけれど、
私の老後の夢は「畑と炊事をする」こと。
自分で育てた野菜やハーブを使って皆の食事を作るのだ。
そのためには老後を元気で過ごせるようにしておかなければ・・・。

願いを込めて

  • 2016/06/12(日) 13:04:06

福島復興の願いを込めて配布されたヒマワリの種。
二ヶ月を経てこんなに成長した。

ひまわり

もう黄色い花びらの端が見えている。
今月(今週?)中に咲きそうな勢い。
ヒマワリを育てるのは三回目だけど、毎回思うことがある。
ヒマワリ=真夏の花ではないということ。
前回もその前も種をまいたのは夏が終わる頃だった。
夏に咲いた花からとれた種を植えて、
11月になってから咲いたのだった。

忘れもしない最初のヒマワリは11月2日に開花した。
その日、顔見知りの女性が闘病の日々を終えて帰天した。
その方は天国に行く時にはこれで・・・と
ヒマワリのような黄色いドレスを用意されていたのでよく覚えている。

今回のヒマワリはいつ開花するか分からないけれど、
復興の願いが込められた種だから、うんと元気に咲いて欲しい。

マリアへの祈り

  • 2016/06/04(土) 20:23:18

ガラシア病院の前にはルルドのマリア像がある。
そこは小さな広場のようになっていてベンチもあり、
誰かが休憩していることもある。
季節には真赤なつつじが咲き、
夏は緑の木陰が心地よい。

今朝、そこでちょっと素敵な光景を目にした。
小学生~幼稚園児くらいの兄弟らしき男の子二人が、
マリア様の前に直行して手を合わせたのだ。
その祈りはあっという間で、
すぐに二人はもと来た道を帰って行った。

マリア様の前で手を合わせることをどこで覚え、
何を祈っていたのだろう。
そういえばこのマリア像も手を合わせて祈りのポーズを取っている。
その姿から学んだのかもしれないし、
そうではないのかもしれない。

折しも今日はマリアのみこころの記念日。
彼らがそのことを知っていたかどうかは分からないけれど、
幼い頃に祈った聖母マリアの面影をいつまでも忘れないで欲しい。