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映像化
- 2016/01/25(月) 20:55:53
生徒たちは映像が好きだ。
来週は映画を見ますよ・・・と言ったらハイタッチして喜ばれ、
なんだか複雑な気分になった。
映画鑑賞中は私はすることが無いので、
いわば手抜きな感じでもある。
もちろん映画を見て終わりというわけではなく、
解説を入れるのだけれど、
めいっぱい資料を作って準備し尽くした授業よりも
楽しいのかと思うと何となく悔しい・・・。
ちなみに先週、今週は「偉大な生涯の物語」の後半を見ている。
エルサレム入場から受難、復活まで。
悔しいのは悔しいが、
確かに映像だと分かりやすいし迫力もある。
昨日は偶然にもYou Tubeでパウロの回心を発見して感動した。
(イタリアのドラマのワンシーンらしい)
1:45頃から回心の場面↓
さて、三学期の授業はたった6回。
残された時間で今出来る最高のものを与えたいと思う。
- 学校
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今年のタラントン
- 2016/01/16(土) 20:57:58
毎年、授業の中で「タラントンのたとえ」を話して、
生徒たちが頂いているタレントを分かち合う作業をしている。
その作業は大学に行っていた時に知ったもので、
自分が面白かったので授業に利用しているのだ。
まず自分が出来ることを10個から15個くらいリストアップする。
それから他の人とリストを交換して、
相手の「出来ることリスト」の中から
「これいいなあ。私にその力を貸して欲しいなあ」ということをリストアップする。
そうすると自分に出来て相手に出来ないこと。
相手に出来て自分には出来ないことが分かる。
お互いに相手の優れている部分を発見出来るし、
意外な特技を見つけると楽しいものだ。
私と「出来ること交換」をした生徒が
「大人と子供で出来ることが違うんですね…」と鋭い感想を伝えてきた。
本当に・・・。
今出来ても将来出来なくなることはあるし、
今は出来なくても将来出来るようになることもある。
中学生の頃の私は体が柔らかかったのでY字バランスが出来たし、
演劇をやっていたので腹筋が得意だった。
今はどちらも出来ないが、当時は出来なかった車の運転や宗教の授業が出来る。
いつかこんな言葉を聴いたことを思い出した。
「頂いた能力を自分だけのために使うのは罪です」
出来ることを出来るうちに誰かのために役立てられたら、
頂いた能力はさらに価値を増すことだろう。
小さなことでも誰かを幸せにすることがあるから、
私の生徒たちには「今、私に出来ること」を大切にして欲しい。
- 学校
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ダイヤモンド
- 2016/01/09(土) 17:15:11
最近、突然にダイヤモンドのことを思い出した。
はるかなる昔、大学を卒業して最初に就職した会社で、
ダイヤモンドのグレードについて学んだことがある。
ダイヤの鑑定書には4Cと呼ばれる評価基準が記されている。
4Cとは以下の4項目。
クラリティ(透明度)
カラー(無色透明なほど良い)
カラット(重さ…大きさと思われがちだが重さの単位らしい)
カット(きれいな姿に削られているか)
カラー、カラット、クラリティは天然のもの。
いわば生まれながらの資質だけれど、
カットは人間の技術によって変化する。
(カットによってカラットも減ってしまうが)
そしてこのカットがあればこそ、
美しい七色の輝きが生まれるのである。
カットをすれば、当然最初の大きさより小さくはなる。
でもこれをしなければ美しい輝きは生まれない。
痛い思いをして自らを削らなければ、
いかに質の良い原石であっても宝石とは呼ばれないのである。
ふとタラントのたとえを思い出した。
三人のしもべがそれぞれ能力に応じてタラント(かなりな大金)を預けられる。
そのうちの二人はそれで商売をして、
(当然はじめは投資をしただろう)さらに金額を増やしたが、
最後の一人は減ることを恐れて隠しておいた。
タラントは減りはしないが増えもしない。
人間も同じような気がする。
労力を惜しんだり、傷つくことを恐れて何もしなければ、
魅力もスキルも上がらない。
しかし一時の損や痛みを恐れず精進すれば、
原石のままでは出ない価値が与えられるのではないだろうか。
- 祈
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