東北巡礼記5

  • 2014/10/30(木) 17:20:06

最後の巡礼地は仙台の広瀬川

二月の寒空の下、
カルワリオ神父ほか8名が水牢に入れられて亡くなった。
人々の罵声の中、
次第に水は凍りついていった。

その間も信徒たちは祈り、
神父は彼らを励まし続け、
ついには天に帰って行ったという。

東北9

広瀬川の岸辺に建てられた殉教者の像。
カルワリオ師は天を仰いでいる。
山形教会の磔刑像も天を仰いでいた。
大籠の資料館では
「殉教者たちは天国の切符を手に入れて、
喜びのうちに亡くなったのです」という説明があった。

熱く燃える信仰を保ち続けた殉教者たち。
彼らを供養し続けた心優しい人々、
敬意を払って殉教を見守った人々。
寒い北の大地にあって、人々の心は温もりに満ちていた。

Sr.ぱうろ

東北巡礼記4

  • 2014/10/29(水) 17:05:00

最終日は一関からスタート
ここでは後藤寿庵の足跡を偲ぶ。
一関教会でミサに与った後、
水沢教会に移動した。
こちらの立派な寿庵像は水沢教会の入り口に立っている。

東北8

後藤寿庵はこの辺りに生まれたが、
長崎に学び、五島で洗礼を受けた。
そのため、初めは五島寿庵と名乗ったが、
後に「後藤」と改めたらしい。

水路の開発によって地元の農業を発展させた寿庵は、
伊達政宗のおぼえもめでたかった。
寿庵を失いたくない政宗は「信仰を秘密にするように」勧めたが、
彼は信仰を貫きとおし、ついに財産の全てを奪われて追放された。
その後の行方は不明だという。

寿庵の屋敷跡には立派な廟が建てられている。
地域の発展に尽くし、信仰上でも模範となった彼を偲び、
年に二回、教会と地域とで祭りが行われるとのこと。
もし切支丹禁教令が無かったら、
寿庵はもっと多くの功績を残していたかもしれない。

Sr.ぱうろ

東北巡礼記3

  • 2014/10/28(火) 16:49:38

大籠キリシタン殉教公園

東北4

広い敷地内には資料館と十字架の道行、クルス館がある。
この地では約300人の信者が亡くなった。
その数にちなんだ309段の階段を昇ると・・・。

東北6

クルス館という小さな建物があり、
中に入ると舟越保武氏の手による磔刑像が迎えてくれる。

東北5

ひなびた山村ながら、
大籠には多くの殉教地がある。

東北7

処刑された切支丹たちの遺体は川に捨てられ、
その血で水が真赤に染まったという。
夜になると殉教者たちの呻き声が聞こえるとか・・・。

Sr.ぱうろ

東北巡礼記2

  • 2014/10/27(月) 16:38:16

2日目は米川へ

殉教地へ行くには急な斜面を登らなければならない。

東北2

雨の中、足元に注意を払いながらゆっくりと進む…。

この場所では土地の人が代々ひっそりと供養していたという。
その家族が遠方に移転する際、
近所の人に供養を依頼したことがきっかけで、
ここが切支丹ゆかりの地であることが判明したらしい。

東北3

十字架の下には小さなりんどうが咲いていた。

Sr.ぱうろ

東北巡礼記1

  • 2014/10/26(日) 16:37:21

この秋、我が家では修道会企画の巡礼旅行が行われる。
第一弾は東北。
私もここに参加させていただいた。
生憎の雨模様だったが、それもまた風情。

最初の巡礼地は山形。
東北1
当地の人々は切支丹に敬意を払い、
役人は見物の人々に言ったという。

「この人々は罪人ではない。
教えを守って亡くなる尊い人々であるから、
皆土下座するように・・・」

今、殉教の地には簡素な公園があり、
毎年多くの人々が祈りにやってくる。

Sr.ぱうろ

コスモスの集い

  • 2014/10/05(日) 14:38:18

毎年恒例となったコスモスの集い。
今年もたくさんの方がお祈りのために集まってくださった。
この集いがきっかけで司祭への道を歩みはじめた方もいらっしゃるという。
未来の教会のために、良い種が育つことを願い、
ご聖体の前で祈りを捧げた。

コスモスの集い

幸い天気にも恵まれ、畑のコスモスも気持ちよさそうに揺れていた。
一見華奢なようだけれど、意外にたくましいというコスモス。
召命の種も元気に育ちますように。

Sr.コスモス

Sr.ぱうろ