作業の時間

  • 2013/09/27(金) 21:53:15

週に一回、ブラジル人の志願者と手作業をしている。
これからは大量に必要なクリスマスカードも作らねばならないが、
結構順調に進んでいるし、同じことばかりでは飽きるので、
ときどき他のことをする。

アイディアをひねり出すのが大変だ。
作った後で使えるものでないと面白くない。
昨日は折り紙。
(ブラジル修道院には何故か大量にある)
インターネット+修道院にあった本をあさって、
しおりに使えるハート(本の端に差し込むと固定されるスグレモノ)と、
ごく小さなプレゼントBOXにした。

ハートと箱

その前は古い御絵を使って小さな額縁作り。
(写真は志願者の作品)

額縁

予想以上に評判が良くて一安心。
彼女は器用で記憶力が良いので、
その後も友人へのプレゼントにこの額縁を作っていた。

日本の知恵「折り紙」に助けられる今日この頃。
発明した人ありがとう!!!

Sr.ぱうろ

中秋の名月

  • 2013/09/20(金) 11:08:46

2013年9月19日(旧暦 8月15日)
中秋の名月は必ずしも満月とは限らないそうですが、
今年は満月。
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修道院の玄関前に出て
夜空に輝くお月さまをしばし眺めました。

幼いころのことを思い出して
懐かしい思い出に浸ったり・・・

それぞれの思いをこめてお月さまを眺めました。
P91913121.jpg

遠い外国に派遣されていく姉妹が、
見える形は違っても地球のどこにいても
同じお月さまを見てるから
お月さまを見たらお互いを思い出して祈りあおう・・・
と、言って励ましてくれたことを思い出します。
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次に中秋の名月が満月と重なるのは、8年後、
東京オリンピック開催予定の年の、さらに1年後だそうです。

ひとり一人のいのちが輝き、
誰も取り残されることのない平和が訪れていますように。

Sr.hiko

残念・・・

  • 2013/09/18(水) 09:35:56

日本時間の昨日、友人からのメールで十五夜は19日だということが分かった。
この前の「十五夜」は院長さまの勘違いだったらしい。
そして今日、夕方の空を見上げると…
ブラジルの月も丸々と太っている!!!
この様子ならブラジルも19日は満月だろう。
せっかく地球の丸さを確認できたと感動していたのに、
ブラジルの月も日本の月も同じかたちだったんだ。

月の満ち欠けといえば、
修道院の農園で飼っている犬が妊娠しているらしい。
農園には初め雄が一匹しか居なかったけれど、
少し前に他所にやっていた雌が出戻ってきて、
御一緒することになった。

犬同士にも相性があるらしく、
他の雌犬とは合わなかったそうだけど、
今回は仲良くなれたようだ。
おそらく私が居る間に仔犬が生まれるだろう。
楽しみ♪

Sr.ぱうろ

次なるマリア様

  • 2013/09/17(火) 20:44:56

またもや「マリア様がやって来た」

ナザレの聖母3

今度のマリア様は「ナザレの聖母」といって、
オリジナルは近くの大きな街「ベレン」の大聖堂にある。
ブラジルでは「アパレシーダの聖母」という褐色の御像が有名だけど、
こちらは白。
そして似たような伝説がある。

ナザレの聖母1

ある人が川岸で聖母像を拾って帰ったところ、
その御像は翌日また元の場所にお戻りになっていた。
それが何度も続いたので、
とうとうその場所に聖堂を立ててお祭りしたのだとか。

毎年10月には盛大なロウソク行列があるらしい。
そのお祭り(?)を前に、
レプリカが近隣の教会を巡礼している。
なんというか、すごいゴージャスな御像で、
びっしりビーズ細工を施したマントは毎年変えるそうだ。
今年は信仰年のシンボル入り。
ナザレの聖母4

この聖母像は昨日、私たちの幼稚園に来て、
数時間、修道院の聖堂でお休みになり、
また近くの学校へと出かけ、
夕方のミサには教会にお戻りになっていた。
この一週間はこんな感じで小教区内を訪問されるらしい。

この季節になると、
この御像のレプリカがあちこちに出回るそうで、
一般の洋服や靴を売る店の一角にまで陳列されていた。
そういえば、雑貨屋にはマリア様のスマホケースがあったような。
こういうところは、「さすがカトリック国」という気がする。

Sr.ぱうろ

おどろいた !

  • 2013/09/16(月) 07:01:45

日本は十五夜だと聞いてびっくり。
ブラジルの月は限りなく半月に近い三日月。
「今日はお月見だから」と
院長様が特別に日本のお米を炊いて下さったけど、
ブラジルの月は三日月!!!

いまさらだけど、地球って丸かったんだなあ…。

尤も十五夜と言っても、
今日本には大きな台風が来ているとか。
気象庁のサイトを見たら、
日本中が警報と注意報で埋め尽くされていた。

ブラジル北部の天気は毎日晴れ。
ときどき夕立。
いわゆる天災というものは、
地震も含めほとんど無いらしい。
なんというか…申し訳ない。


何も出来ませんが、
地球の裏から皆様のご無事をお祈りしております。

Sr.ぱうろ

ブラジルの気候

  • 2013/09/14(土) 20:52:29

ブラジルはとても広い。
どのくらい広いかというと、その国土は日本の23倍。
北と南では全く気候が違う。
私たちが住む北の地域は赤道が近いので常夏。
南の方に行くにつれて南極が近づくので涼しい。
リオデジャネイロやサンパウロは南の方で四季もある。
南半球なので日本とは逆。

私たちの住むところは常夏だけど、
一応一年の間には変化がある。
雨季と乾季。
私が到着したのは雨季の終わり頃。
ついてすぐ、タオルにカビが生えた。
ここの湿度は侮れない。
雨季と言っても日本の梅雨とは違い、
一日中降っているわけではない。
いわば短期集中型で、
降る時には傘が役に立たないような激しい雨が降る。
乾季になっても、たびたび夕立がある。
雨

そして午前中は大抵晴れ。
空

太陽と雨のお陰で、植物がよく育つ。
我が家にも隣の家にもパパイヤの木があるけれど、
これはどこからか飛んできた種が育ったものだそうだ。
まだ食べられないけれど立派な実をつけている。

マンゴーの木も多い。
マンゴー
マンゴーはとても大きな木になるので、
良い日よけになる。
街の中にはマンゴーの街路樹もあって、
その実は誰でも食べて良いのだとか。
(ただし木がとても大きいので収穫には道具が要る)

いろいろな方から
「今、日本はとても暑いです。でもそちらはもっと暑いでしょう」
というお言葉を頂いたけれど申し訳ない。
暑いけど日本の夏ほどじゃない。
修道院には温度計が無いけど、
テレビの予報によれば大抵33℃前後。
日本の方がよほど暑い。
それに「熱帯夜」も無い。
むしろ今までは避暑に来させて頂いたと思っている。

Sr.ぱうろ

川沿いの村へ

  • 2013/09/09(月) 21:44:46

夜明け前、まだ暗いうちに修道院を出た。
常夏の地とはいえ寒い。
陽が昇る前は、しんしんと冷える。
車で一時間半ほど走り、川のほとりに到着。
川の向こうから昇ってくる太陽が美しい。
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ここはアマゾンの支流のひとつ。
向こう岸に親しいパードレ(司祭)の司牧する小教区がある。
小教区といっても70の共同体がある広い地域で、
パードレは猫の手も借りたい忙しさらしい。

こちらは古い聖堂。
隣に新しい聖堂を建設中。
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すぐ近くの道端にはなんとバッファローが居た!
じーっとこちらを見ているけど動く気配はない。
笑ってしまう程のんびりしている。
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パードレは私たちを見ると開口一番
「サヨナラ! 」
一応、日本語で歓迎の気持ちを伝えたかったらしい。
失礼ながら笑ってしまった。
せめて「アリガトウ」か「コンバンハ」にして欲しいところだ。

とはいえ、このたくましくて快活なパードレのおかげで、
私たちは貴重な一日を過ごさせていただいた。
ミサ後、少し奥に入ったところの聖堂でもう一つのミサに与る。
ベールを被ったシスターは珍しいらしく、みんなに歓迎された。
その共同体の少女たち15~6人に修道会の紹介をする機会も頂いた。
田舎の子らしく皆素直で屈託が無い。
こんな子たちがシスターになってくれたらいいなあ。

話はそれるが、このノリは我が百合学院の児童生徒にも通じるものがある。
百合の子たちも素直で人懐っこくて可愛らしい。
そうかと思うと意外に鋭い視点を持っていて感心させられる。
私が男性だったら是非、百合の卒業生をお嫁さんにしたい。

その後、パードレと一緒に村の中を周り、
病人訪問をしたり家々を訪ねたりした。
この辺りの家は本当に簡素な作りで貧しい。
湿地の上に建った家もある。
最後に訪れた家は細い橋の先にあった。
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橋と言っても角材を渡しただけのもので、正直怖い。
運動神経に自信のない私としては勘弁して欲しかったのだが、
渡り始めたら最後まで渡り、しかも同じ橋を戻らなければ帰れない。
この数分で少し痩せたのではないだろうか。

一緒に行ったシスターは、こんなところで宣教するのが夢だと言う。
確かに人は素朴で温かい。
でもあの橋はやっぱり怖いのだった。

Sr.ぱうろ

英語とわたし

  • 2013/09/08(日) 05:13:52

自慢じゃないが私の英語力はお粗末である。
日本にはいくらでも英語の出来る人が居るから、
私の英語なんて使い物にならないと思っていた。

でも、日本語が使えない国に来てみると、
にわか仕込みのポルトガル語より、
まだしも英語の方が使えることに気付いた。
一応、中学から大学(ただし専門は国文)
まで英語の授業があったわけだし、
日本には歌詞やキャッチコピーから普段使う単語まで英語が満ち溢れている。
ポルトガル語では何というか分からない。
でも英語なら言えそうだ…という時もあって、
自分でも驚いた。

ときどき「英語は話せるか?」と聞かれる。
とりあえず「少し」と答えておく。
ところがこちらでは英語の分かる人は少ない。
ブラジル人の志願者によると
学校で習う外国語はスペイン語なのだそうだ。
この前のイケメン修道士軍団の中にも
「英語話せる?」と聞いてきた人が何人か居るが、
じゃあ自分は話せるかというと答えは「ノン」の場合があった。

意外にもちょっと話せたのは露店でサンダルを売っていたおじさん。
彼からシンプルで手頃なサンダルを買い、
それが大変気に入ったので、後日そのサンダルで散歩に行き、
ポルトガル語で気に入っていることを伝えた。
しかし彼のマシンガントークについて行かれず、
「英語は話せるか」
「少しなら」
「おれと一緒だ」ということになり、
「I am grad to meet you」と言って喜ばれたのだった。

サンパウロの空港で近くに居た青年にポルトガル語で時間を聞いた時は、
「英語は話せるか」と英語で聞きかえされ、一瞬固まったが
「What time is it now? 」と言い直した。
彼はスマートフォンで現地時間を調べてくれ、
自分の母国語はスペイン語だと教えてくれた。

こんな感じで、お粗末な英語力でも
それなりに国際交流の役に立っている。
しかし、もっと真面目に勉強しておくのだったという後悔があることは否めない。

Sr.ぱうろ

Sr.Mの旅立ち

  • 2013/09/06(金) 21:23:30

夜明け前、電話が鳴った。
思いがけないSr.Mの帰天の知らせ。
全く突然のことだ。
昨日、発熱してガラシア病院に入院し、翌日の夕方亡くなったのだという。
事故でも災害でも無く、長患いもせず、年齢的にも不足は無い。
こんな幸せな召され方は無いと思う。

でも…。

悲しくてたまらない。
Sr.Mが大好きだった。
ときどきこのブログにも登場しているけれど、
ノビスのときにこのシスターについて勉強して以来、
いつかはこんな風になりたいと憧れて
「Sr.M化40年計画」というのを勝手に志していた。
かつては会長を務めていた大御所なのに、
Sr.Mは謙遜で控えめで偉そうな所は微塵も無い。
そして厄介な役柄を淡々と引き受けて来られた。
(私はまだ入会していない頃だけれど、きっとそうに違いない)
40年というのは年齢差を考慮してのことだけれど、
もう既に志から8年。
ちっとも成長していない感じが情けない。
Sr.Mには「あなたはあなたらしく…」と笑われたものだ。

もう5~6年前になるが、他の若いシスターたちと一緒に
「会の霊性」についての講話をお願いしたことがある。
その時Sr.Mが持ってこられたのは私たちの会章だった。
会章
土台に聖ヨゼフを表す百合の花。
その上にマリアの頭文字のM。
中心にはキリストとその司祭職を表すカリスとホスチアがあしらわれている。
小さな中に聖家族が集合している欲張りな会章である。
Sr.Mの会章は磨き抜かれて輝いていた。
「ときどき歯磨き粉で磨くとキレイになるんですねえ」と、
誇らしげに見せて下さったことが忘れられない。

控えめで、あまり感情を表さないシスターが、
私に向けて下さる笑顔は宝物だった。
いつか納骨堂から修道院への坂道を
手をつないで一緒に降りた日のことも。
ブラジルに出発する日
「帰国するまで元気で待っていて下さいね」とお願いしたら、
「はいはい」と請け合って下さったのに…。

遠過ぎてお別れに行かれないことが本当に切ない。
私も皆と一緒に棺を囲んでサルヴェ・レジーナを歌いたかった。
出棺の時には棺を担ぎたかった。

神様はその人にとっても周囲の人にとっても
一番良い時に呼んで下さると信じているけれど、
肉体から離れたSr.Mのご霊魂は、
遠いブラジルに居る私のことも見て下さっていると思うけれど、
今はただ淋しくてたまらない。



Sr.ぱうろ

独立記念日の行進

  • 2013/09/06(金) 04:44:17

9月7日はブラジルの独立記念日。
その日は小中学生が行進したり、
いろいろなイベントがあるらしい。
でも小さな子どもたちがご一緒するのは大変だそうで、
私たちの幼稚園では、今日、行進が行われた。

幼稚園の前から出発。
独立記念日行進1

先頭は太鼓
練習の成果が今、発揮される!
独立記念日行進2

続いて色々な仮装。

日本の半被を来た子
独立記念日行進4
シスターと教皇さま
独立記念日行進3
地元のお祭り衣装
独立記念日行進5

大きな道路を30分以上歩いて公園まで行進。
お母さんたちも一緒について来て、
一生懸命我が子の写真を撮っていた。
どこの国も同じ…。

Sr.ぱうろ

マリア様がやってきた 2

  • 2013/09/04(水) 02:29:23

先週の金曜日、私たちの幼稚園にもマリア様がやってきた。

マリア様1

ふたりの修道士さんが大切に運んできたマリア様を囲んで、
こどもたちはお話を聴いたり、お祈りをしたりした。

マリア様2

きれいに飾られたマリア様↓
マリア様4
拡大図↓
マリア様3

マリア様も美しいけれどもこの修道士さんたちがまた素敵。
マリアの戴冠
彼らが居た一週間の間、ミサは高らかなファンファーレで始まった。
ひときわ背の高いプラザーが十字架を捧げ持ち、
6~7人が吹奏楽の演奏をしながら入堂。

楽器も出来るし歌も上手だし、
若くて背の高いイケメンがいっぱい…。
おまけに結構気さくだったり、
懐っこかったりして、
大してポルトガル語の分からない私とも
お話してくれた。
このたびほど言葉がもどかしかったことはない。
同時通訳でもあったらなあ…。
いや、それじゃ、
いつまでたっても自分で話せるようにならないか。

一人の修道士さんに
「私たちのために祈って下さい」と言われ、
まだあどけない志願者の少年には
「T(彼と仲良しのブラザー)とL(彼の名前)のために祈ってね」と言われた。
可愛いなあ!!!
祈りますよ~、いつかまた会える日まで!
(…って、もしかして一生???)

彼らは一週間ほど私たちの教会に居て、
近隣の家々をマリア様と一緒に宣教して回った。
今も近くの街で宣教している。

Sr.ぱうろ