四旬節セット

  • 2012/02/24(金) 20:34:20

今年は2月22日から四旬節が始まった。
四旬節は様々な節制や犠牲の習慣がある。
私たちの会では、日曜、祝日以外、食事の時のお茶は飲まず、白湯を飲む。
朝食の時は沈黙。
夕食後も休憩時間まで沈黙で過ごし、受難の黙想や十字架の道行をする。

こちらは私の御受難セット。
受難セット
左から順に
「今日を生きる知恵のことば」(ドン・ボスコ社)
「手のひらサイズの道行」
「主とともに」奥村一郎著(女子パウロ会)

「今日を生きる…」は御受難会の創立者である
十字架の聖パウロのことばを集めたもので365日分ある。
今年はこれを毎日読むことにした。
御受難会の創立者だけに、受難に関する言葉が多い。
たとえば2月23日の言葉。
「病気にかかったときには、
十字架に釘付けられているかのようにベッドの上に留まっていなさい。
イエスは十字架上で三時間祈られました。(以下、省略)」
そうそう、そうなんだ…。
イエス様は私たちと一緒に苦しんで下さる…。
一日に読む量は少ないけれど、内容はとても深い。
ことばに続いて「祈り」も添えてある優れもの。

次は以前も紹介したことのある手のひらサイズの道行。
http://josephosaka.blog111.fc2.com/blog-entry-234.html
これがあれば、いつでもどこでも「十字架の道行」が出来る。
これは、病気の苦しみをたくさん捧げて天国に帰って行った友人の形見。

そして「主とともに」はカルメル会の奥村神父さまによる「十字架の道行」
以前、宇治のカルメル会で黙想をしていた時に購入した。
個人で祈る時にはこれを使っている。
3パターンの道行があって、それぞれに味わい深い。

Sr.ぱうろ

創立者帰天日

  • 2012/02/23(木) 20:30:47

今日は我がヨゼフ会と百合学院の創立者、
パウロ田口芳五郎枢機卿の帰天日。
この時期、小学校のオラトリウムには枢機卿様の写真が飾られる。
そして宗教や生活科の時間には、クラスごとに児童たちがお祈りにくる。

オラトリウム

今日は学童保育の始まりのお祈りの時に、
枢機卿様のことを少しだけ話した。
「皆は田口枢機卿様を知っている?」
「知ってるー」
「Yは会ったことあるよ!」
「えーっ!?いつ???」
(枢機卿様が亡くなってから30年以上経つ)
「写真で会ったー!」

そう、なぜかこの写真、普段は学童保育の部屋に飾ってあるのだ。

創立者

「枢機卿様は百合学院を創って、シスターたちの修道会を創って、
英知大学も創って、大阪の教会のためにたくさん働いたんだよ。
ローマで勉強したこともあって外国語も上手だったんだよ。
皆も、枢機卿様みたいに立派な人になれるといいね…。」

外国語が上手…のあたりで何人かの子が尊敬の表情を浮かべた。
我が百合学院小学校は以前から英語教育に力を入れている。
いつか、この子たちも世界に羽ばたくのだろう。
その日が今から楽しみだ。

Sr.ぱうろ

おひなさま

  • 2012/02/20(月) 19:34:50

耐震工事の関係で、
百合学院小学校のおひなさまは倉庫の奥深くに仕舞われてしまった。
奥深過ぎて季節が来たのに取り出せない。
しかし年中行事にこだわる学童保育としては、
ひなまつりを外すわけにはいかない。

…というわけで、
スタッフの先生方が考えたのは
「児童たちにおひなさまを作らせて飾る」

低学年でも出来るような簡単なのから、
少し高度な大人向けまで、
紙工作&折り紙のお雛様をいろいろと探して下さった。

その中で私の心にヒットしたのがこちら。
(後ろの箱は関係ありません)
折り紙雛

ちょっと低学年児童には難しい気がするが、
顔を描いたらこんなに可愛い。
次はお内裏様にチャレンジ!


Sr.ぱうろ

このお雛様の作り方は、こちらのサイト様で紹介されています。
http://w01.tp1.jp/~a150296341/

いい日旅立ち

  • 2012/02/16(木) 21:46:00

今日は百合学院高等学校の卒業式。
彼女たちが一年生のとき私は宗教を教えた。
教員免許取得後、たった一年の教員生活。
彼女たちは私にとって最初で最後(かもしれない)の教え子。

宗教は週に一時間しかないけれど、
授業のたびにコメントを書かせたから、
一人一人の個性をかなり把握している。
今でも70人のうちの2/3くらいの名前を覚えている。
授業中は居眠りや内職の方に集中していたような子も、
今日は大人の顔で背筋を伸ばしていた。
皆、今日はとてもキレイだった。

卒業式も大詰め。
卒業生たちの感謝の歌がアナウンスされた時のこと。
「ちょっと待って下さい!」
突然、卒業生の一人が涙声で叫んだ。
そしてクラス毎に立ち上がり、
三年間でお世話になった担任の先生や、
特に関わりの深かった先生方に、
口々に感謝の言葉を述べ始めたのだ。
「あの時はごめんなさい」
「先生大好き!」
「私も先生のような良いお嫁さんになります!」など…。

やるなあ…。

いつ打ち合わせたのだろう。
ある生徒は晴れやかに、ある生徒は涙涙で…。
ここまで何とかこらえていた私の涙腺は、
このサプライズですっかり決壊してしまった。

たった一年、週一回だけだったけど、
あなたたちの先生が出来て幸せだった。
いつかひとまわりもふたまわりも大きくなって、
母校を訪ねて来て欲しい。
十年後、二十年後、今日巣立った生徒たちは、
どんな姿に成長しているのだろう。

はるか昔、私自身の卒業式を思う。
我が母校の学園長は巣立つ生徒たちに必ずこう語りかけた。
「いつでも帰っていらっしゃい。」
教育の成果は十年後、二十年後になって実を結ぶこともある。
我が母校の宗教教育は私の中で15年後に結実し、
当時の先生方は私の教員生活の目標だった。

Sr.ぱうろ

もうすぐ・・・

  • 2012/02/12(日) 14:06:49

昨日、2月11日はルルドの聖母の日で世界病者の日でもあった。
一年前の2月11日は大雪の中、入院中のシスターを見舞いに行った。
どうしてだったろう…と記憶をたどってみたら、
その頃、同じ共同体のシスターが「お迎え」を待っていたことを思い出した。
他にも何人かのシスターがガラシア病院でお世話になっていたので、
まとめて4~5人のお見舞いをして、最後にそのシスターの病室を訪ねた。

肝心のシスターは眠っていて、
私が来たことに気付かなかったようだが、
それが生きているシスターを見る最後となった。

もうすぐ命日がやってくる。
何かと面白いシスターだったから、
この一年の間、たびたび共同体に話題を提供してくれた。
亡くなった後もこんなに話題にのぼる人も珍しい。
シスターMは今も共同体の中で鮮やかに生きている。
なんと幸せなことだろう。

「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる」
(ヨハネによる福音書11.25)

Sr.ぱうろ

恵方巻き

  • 2012/02/04(土) 20:43:08

昨日は節分だったので夕食に「恵方巻き」が出た。
私が初めて恵方巻きを見たのは、
忘れもしない8年前の節分の日。
その日は入会の決意を固めて箕面の本部修道院を訪問していた。
夕食のテーブルについてびっくり。
切れていない丸のままの太巻き寿司が、
どーんと皿に乗せられている。

どうやって食べるの?
どうやって食べるの?
どうやって食べるの?

ただでさえ緊張しているのに、
この謎の料理の登場に私の頭は完全にパニック状態。

この時は他のシスターたちも似たような状態だったらしい。
誰かが果物ナイフで切り始めたので、
私もそれに倣った。
他の誰かが
「○○が恵みの方角なんですって。
そっちを向いて食べるらしいわよ。」

恵みの方角???

私には気学の知識があったので、
これは恵方のことだと気がついたが、
そちらを向いて食事をするという習慣は初耳だった。

関西では節分に恵方を向いて、
太巻きを丸かぶりする習慣があると知ったのは、それからかなり後。
今では切れていない太巻きを見てもうろたえないが、
丸かぶりを全う(?)したことはまだ無い。

昨日は海苔がうまく噛み切れず、
結局ナイフで切って食べることにした。
高齢のシスターたちは
「喉に詰まらせたらいけないから切った方がいいわよ」と言われていた。

福を呼ぶのもけっこう難しい。

Sr.ぱうろ