- | HOME |
夏が来た・・・!
- 2011/06/25(土) 20:48:50
まだ六月だというのにこの暑さ。
小学校では水泳の授業が始まり、
児童たちのはしゃぐ声が賑やかだ。
しかし大人たちにとっては、
ただただ暑い。
しかも湿度も高いので、
まるでサウナの中で暮らしているような気がする。
そんな中、我が事務室では頑なに節電に励んでいる。
校内にはクーラーをつけている部屋もたくさんあるし、
場所によってはつけずには居られない場所もあるのだが、
可能な限り節電しよう!という志のもとに窓を全開。
ドアも可能な限り開放し、自然の風が通るようにした。
冷房設備は扇風機のみ。
それなりに涼しい。
(風で書類が飛ばされそうになるのが難点だが)
暑い時、目が行くのは涼しい木陰を連想させる木の葉の緑。
それに入道雲が浮かぶ青空だ。
あの空の上は氷点下の涼しさ(寒さ)なんだなあ…と考えると、
「飛んでゆきたいっ!」と思ってしまう。
というわけで、
夏の空を背景に、目に涼しい木の葉と青い紫陽花の写真を撮ってみた。
Sr.ぱうろ
花の季節
- 2011/06/21(火) 22:19:14
天に向かって
- 2011/06/18(土) 09:21:06
窓辺のカモミールが咲き始めている。
小さな花、ひょろひょろとした茎。
決して見栄えのする植物ではない。
ハーブティーにしようと思って育ててきた。
…が、毎日ながめているうちに気がついたことがある。
カモミールの茎はひょろひょろと曲がりくねっている。
時に下に向かったり、地面を這いつくばったり。
けれど茎がどこに向かおうが、
最終的に花は上を向いて咲くのだ。
上を向いて…。
天に向かって…。
天…。
いうまでもなく父なる神がおられる所。
カモミールの茎のように、
私達の人生も紆余曲折がある。
地べたを這いつくばっているような苦しい時。
回り道をしたり、迷子になったりしている時。
そんな時でも、この花たちのように
心を神に向かって上げていられる人には希望がある。
また、
グレたり、いじけたり、よそ見をしたり、神を恨んだり、
自分をごまかしてしまうような時だってあるかもしれない。
それでも、最後には顔を天に上げ、
神の前にちっぽけな自分を差し出すことが出来れば、
天の父は喜んで迎えて下さるだろう。
小さくて貧弱で地味な花だけど、
カモミールは私たちのあるべき姿を教えてくれる。
Sr.ぱうろ
ごらんよ空の鳥を
- 2011/06/15(水) 21:50:03
先週、「ごらんよ、空の鳥を」という芝居を観に行った。
アッシジの聖フランチェスコの物語。
聖フランチェスコといえば
「ブラザーサン・シスタームーン」「剣と十字架」「フランチェスコ」
などで映画化もされているし、書籍も多い。
大金持ちの跡継ぎ息子から清貧の修道士への転身はドラマチックで、
創作意欲をかきたてやすいのだろう。
先に挙げた三本の映画を既に見たので、
話の展開や出来事に目新しさは無かったが、
目の前で生身の役者が演じているだけにインパクトが強い。
心に残った台詞やシーンもたくさんある。
「自分のものなんて一つも無い。全ては神様のもの。」
このことに気がついたフランチェスコは、全てを手放して生まれ変わる。
また、まだ遊び人だった頃のフランチェスコが邪険に扱った病人に対して、
クララが手を貸すシーンも忘れられない。
重い皮膚病患者はフランチェスコには汚らしいものだったが、クララは言う。
「病気の人達は私たちの分まで苦しみを引き受けてくれているのじゃないかしら。
私達だって、いつ病気になるか分からないのよ。」
この通りの台詞ではなかったと思うが、
クララの言葉は大体このような内容だった。
ごく自然に病人に触れるクララが病人を癒すイエスと重なり、
とても美しいシーンだった。
ところどころ引用される聖書も絶妙で、
フランチェスコやクララがイエスの生き様に倣おうとしていることが、
ストレートに伝わって来る。
世間の風潮に揺れがちな私に、
大切なことを思い出させてくれる作品だった。
舞台全体の雰囲気も家庭的な感じで温かい。
劇団の皆さんありがとう!
この劇についてくわしくはこちら↓
http://www.swa-raj.com/freepage_22_1.html
これから京都や東京、名古屋でも公園があるとのこと。
おすすめです。
Sr.ぱうろ
- 祈
- | comment(0)
聖霊来て下さい
- 2011/06/12(日) 17:04:32
本日、待ちに待った聖霊降臨。
今年の賜物。
色違いの二つは私の、
炎の形は友人の作品。
今朝は、ミサ帰りに他の共同体のシスターと賜物の話をした。
本当に他愛の無いことだけど、
七つの賜物のクジは一年に一度の楽しみ。
今日私が頂いたのは「孝愛」
去年も頂いたような気がする。
友人から送られてきた作品を開くと…。
中には「敬畏」の二文字。
「孝愛」に「敬畏」なんて…。
信者として最も基本的な姿勢という気がする。
「初心に帰れ」ということだろう。
久しぶりにグレゴリオ聖歌の
「ヴェニ・クレアトール」を聴きたくなったので、動画を検索。
↓
今朝はサレジオ会の小神学生たちが、
百合学院の野球部との交流試合で来訪。
修道院の聖堂でミサを捧げたのだが、
その時に歌われた「聖霊来て下さい」もとても美しい曲だった。
(少年たちの歌声は、やはり元気でハリがある)
こちらも探してみたけれど見つからず残念。
その代わり(?)、先月列福されたヨハネ・パウロ二世教皇様の動画をたくさん発見した。
今は天国に行った方々の姿や声を映像で、リアルに見聞きすることが出来る。
そういう点では良い時代だと思う。
Sr.ぱうろ
- 祈
- | comment(0)
賢慮
- 2011/06/04(土) 22:19:44
健康対策の道は険しい。
「やるぞ!」と思い立ってから約三週間。
一緒に働いている事務員さんも、
私と同じような状況なため、
二人でお昼のコレステロール対策を始めた。
納豆がお薦めというので、
私も倣って事務室の冷蔵庫にキープ。
何事にも仲間が居るというのは心強い。
だが、こんな時に次々とやってくる悪魔の誘惑。
先週は色々な方からバターや卵がたっぷり入った甘い差し入れ…。
そして修道院五階の洗濯場はやはり遠い。
エレベーターは使わないぞ!という決意が時々崩れそうになる。
休日のお散歩は買い物(弁当や炊事当番の時の食材調達)に取って代わりつつある。
動くのが面倒になるのは日頃の運動不足と、
身長のわりに重い体重のせいだろうか。
考えてみたら我が家から職場は近過ぎる。
徒歩5分。
かつては電車を乗り継いで最低1時間はかけて通勤していた。
嫌でも駅の階段を上り下りし、
家→駅→職場の間を歩いていた。
近いのはありがたいが、
歩行距離はどうしても短くなる。
にもかかわらず食べる量は変わらない。
当然、体は重くなる。
しかし、そんな言い訳をしていては前に進むことは出来ない。
健康対策は自分との戦いだ。
先週、少し早いけれど教会の中高生会で聖霊の賜物クジを引いた。
私が引いたのは「賢慮」
今の私にすごーく足りない気がする。
そしてすごーく必要な気がする。
「賢慮」をもって自分との戦いに臨まないと…。
Sr.ぱうろ
- | HOME |





