バレンタイン準備中

  • 2018/02/12(月) 19:30:00

今年もまたバレンタインデーが近づいてきた。
外で働いていると「義理チョコ」や「友チョコ」が気になる。
しかも私が居る総務課は「総」とつくだけあって、
あらゆる部署の人とお近づきになってしまい、「義理」も「友」も人一倍多い。
「私はシスターなので!」と無視するのもひとつ。
・・・が、今年は手間はかかるけれど懐は痛まない方法を思いついた。

バレンタインシスター2

折り紙シスターに赤いハート(クラフトパンチで制作)を持たせる。

かわいいじゃないか・・・!

かわいいから沢山作ってみよう。
元気の出るようなみ言葉や名言を添えて。

ところで、この季節が来るたびに思う。
私たちの本命(イエス様)はチョコレートを召しあがらない。
でも、もしも今、生身の体を持ってそこにいらっしゃったら、
誰からのどんなチョコレートでもお菓子でもお酒でも、
喜んでおいしく召し上がられるに違いない。

ちなみにこの子たちは食べられないけれど、なんておっしゃるだろうか。

バレンタインシスター

クリスマス・カウントダウン

  • 2017/12/21(木) 21:59:31

多忙のあまり、なかなかUPできなかったけれど、
この世はクリスマスシーズンで、
カトリックである我が家(修道院)も職場(ガラシア病院)も、
準備が着々と進んでいる。
職場の方はクリスマス関連の行事が次々と開催されていて、
本日は病室訪問の日。
誰が訪問するかというと、聖家族と天使(に扮した職員)。

この行事は長年続いているが、
初めて見たときは感動して泣いてしまった。
マリアさまがベッドサイドにやってきて御子さまを患者さんに差し出す・・・。
それだけなのに何故か泣けるのである。

今日は入院中のシスターのところへ先回りして言った。
「シスター!もうすぐ御子さまがいらっしゃいますよ!」
近所の中高生が聖歌を歌いに来てくれていて、
その歌声もだんだん近づいてくる。
「ほら、歌声が近づいてくるでしょう」
・・・と言いながらドアの方を向いた途端、またしても泣きそうになった。

病室のカーテンが開いて、御子さまを抱いたマリアさまが現れた。
シスターはそっと手を伸ばして御子さま(の人形)に触れていたが、
とてもうれしそうだった。

病室訪問

(私も入院するならこの時期がいい)

母が末期がんで入院していた頃、私は
「マリア様が御子さまを連れて来てくださったら・・・。
御子さまに触れることが出来たら、母はきっと回復するに違いない」などと
思い、その様子を心に描いていた。
なんと、その様子が目の前でリアルになっているのである。

御子さまは人形で、マリア様は本当は職員だけど、
もしかすると奇跡が起きることもあるんじゃないかな。

今日、聖家族と天使たちに出会った方々の回復を祈りつつ・・・。


こちらは病棟のクリスマスツリーに飾られたクッキー。
このアイディアはなかなかだとおもう。
   ↓
ツリーのクッキー

人に歴史あり

  • 2017/11/28(火) 21:10:26

11月23日は勤労感謝の日。
我が家では「姉妹の日」ということになっていて、
お互いの親睦のための日になっている。
去年に引き続き、今年も多くのシスターたちが集まって
一緒に祈ったり食べたりリクリエーションをしたりした。

来年は創立70周年なので、それにちなんだ展示や出し物もあった。
廊下にはたくさんの姉妹たちの写真が飾られていて、
その中には何十年も前の・・・それこそ創立時代の写真も並んでいた。
高齢のシスターSが、昔の若いシスターの写真をしみじみ眺めて言った。

「きれいな人ねえ。この人だぁれ?」

今とは修道服もベールも違うけれど、白黒写真の若いシスターは・・・。

はるか昔のシスターSだった!!!

50年の歳月は本人でも分からなくなるほど容姿を変えてしまったらしい。

以前、これとは逆パターンの話を聞いたことがある。
昔のシスターは鏡を見てはいけなかったので、
何十年も鏡を見たことの無い高齢のシスターが居た。
ある時、そのシスターが他のシスターと出かけてエレベーターに乗ったところ、
そのエレベーターには鏡がついていた。
高齢のシスターいわく

「これは誰ですか?」

もう一人のシスターは困惑しながら、
「シスター、これは鏡です」と答えたという。
高齢のシスターにしてみれば、
何十年もの歳月によって変貌した自分を見たショックは
どれほど大きかったことか・・・。

見方を変えれば、
容貌が大幅に変わるほどの人生経験をしてきたとも言えるだろう。
人に歴史あり。

今はもう冬・・・

  • 2017/11/20(月) 19:54:12

いつの間にか10月が終わろうとしている・・・とついこの前書いたばかりなのに、
今や11月も後半に突入してしまった。
周囲の木々も色づき、散り始め、冬の気配が濃厚になっている。

久しぶりに上京したら、
街は既にクリスマスの準備になっていた。
早過ぎ・・・。
まだ教会は待降節にもなっていない。
なんだか色々なことがハイスピードになってきた。

大切なことを忘れたり落としたりしていないかどうか、
時には立ち止まる時間が必要なのではないか。
今度の休みには裏山に上って
色づいた木々を見上げて過ごそう。
・・・とか言っている間に木の葉も散ってしまうかもしれないけれど。

いつの間にか・・・

  • 2017/10/26(木) 21:34:06

ぼんやりしている間に10月も終わろうとしている。
今月は怒涛のようだった。
ロザリオの月だからガラシア病院でもロザリオの集いがあり、
病院のマリアさま
玄関ロビーの聖母像の前で祈りがささげられた。
その後もカテドラルでの「国際協力の日」や、
ガラシア祭りやらのイベントが目白押し。
ガラシア祭りの日は台風の影響で大雨。
それでも多くの方が来院くださり、盛況のうちにお開きとなった。

その台風の後、あっちこっちで木が折れたり倒れたりして片づけに追われた。
(今月は日曜日のたびに雨が降っている気がする)
この頃よく思うこと。
それは「諸行無常」(すべてのものは変化する)ということ。
どんな状況にあっても時は過ぎてゆくし、
結構大きな木だって、一晩のうちになぎ倒されることがある。
自分自身も静かに(?)年齢を重ねているから、
色々なことが若い時のようにはいかない。

先日「方丈記」の入門書を読む機会があった。
高校生の頃
「行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず・・・」
という冒頭の部分を学んだ。
おおざっぱに言うと「この世は常に変わり続ける」という意味。
作者、鴨長明の生きた時代は様々な災害や飢饉などが次々と起こっていたそうで、なんだか今の時代に良く似ている。

変化に動じない、ものごとに縛られない、事実をありのままに受け入れる・・・。
そんなことが今すごく求められているように思う。

ちなみに、この世のものごとは変化し続けるが、
私たちの父である神は決して変わることなく永遠に存在する。