fc2ブログ

天に帰る

  • 2023/10/20(金) 21:08:31

職場でとてもお世話になった方が帰天された。
「帰天」という言葉が何故か心に響いた。
死を表す言葉はたくさんある。
他界、永眠、逝去、召天、鬼籍に入る・・・。
そして「帰天」
同じ状態を表す言葉なのに、見えてくる景色はまるで違う。

「帰」という文字からは、
家や故郷といった慣れ親しんだ場所へ戻るという景色が見える。
「天」は私たちの「父なる神」がいらっしゃるところ。
ならば私たちは神様の所から来て、務めを終え、
またそこへ帰って行くのではないか。

今まで何度も聞いたし使ってきた言葉だけど、
こんなに深く慰めに満ちた言葉だとは気づかなかった。
帰るのなら心配ない。
良く知っている場所へ行くのだから。
しかもそこには父なる神がいらっしゃる。
今生きている私たちも、
いずれはそこへ帰ってゆく。
だから、先に帰った方々とも必ずまた会える。

今は少し寂しいけれど、
再会の日を楽しみに・・・。

お見送り

  • 2023/04/22(土) 21:51:30

約一年、ガラシア病院ホスピスに入院していたシスターが天国に帰っていった。
同じ共同体で病院内に職場があった関係で、
私は備品の補充や差し入れのためにたびたび訪問していた。

入院中はデイルームでコーヒーをいただいたり、
庭を散歩したり、
お誕生日には職員の皆さんからのメッセージカードを受け取り、
クリスマスには聖家族の病室訪問を受け
(マリア様、ヨゼフ様、天使に扮した職員が幼児イエス様のご像を抱いてやってくる)
桜が満開のときには建物の外まで車いすでお花見に連れて行っていただき・・・。
一年間ホスピスの生活を堪能されたと思う。

ときどき「今度こそ天国に行かれると思ったのに」とこぼされたのは、
死ぬほどの苦痛も味わわれたのだろう。
明るくてよく話すシスターだから私は
「そんなにしゃべれるうちは天国は遠いですよ」と笑った。

主治医の先生も看護師さんたちもチャプレンの神父さまも、
皆さんとても優しく気遣ってくださったから
幸せな闘病生活を送られたと思う。
看取った後、看護師さんや先生から
「ぽっかりと穴が開いたようで、私たちも寂しいです」
「ああいう穏やかな人が一人ホスピスに居るといいのだけどねえ」と
惜しんで頂いた。

「いつも笑顔で感謝の言葉を下さるので励みになります。」
「シスターに癒されています」という言葉が
誕生日のメッセージカードには残されていた。
シスターもまたお世話して下さる方々を幸せにしていたのだ。
たとえ寝たきりになっても誰かを幸せにすることはできる。
シスターの最後の日々はそう教えてくれた。

いつか読んだアベ・ピエールの伝記に忘れられない言葉がある。
「見えなくたって、働けなくたって、
食事を運んできてくれる仲間にありがと、って
ニッコリすることはできるだろ。
それで相手も、生きていることがうれしくなるんだ。」

訃報つづき・・・

  • 2023/01/22(日) 18:30:02

今年は年の初めから訃報が多かった。
昨年末のベネディクト16世前教皇さまにはじまり、
知人や親戚の訃報を次々と聞いた。
しかも40代から60代という働き盛りの人の訃報も相次いだ。
死なない人はいないのだが、自分に近い年齢の人の訃報を聞くと、
自分自身の身の振り方も考えさせられる。

今死んだら色々な人に迷惑をかけるなあ、とか、
死んだあとはどうなるのか、とか・・・。
本当のところは死んでみなければわからないから、
心配しても仕方ないのだが、
こんな絵本がある。

このあとどうしちゃおう

主人公は小学生くらいの男の子。
大好きなおじいちゃんが亡くなったあと、
そのおじいちゃんが隠し持っていたノートを見つける。
そこにはおじいちゃんの「死後の希望や夢」が
たくさん書いてあった。
死んだらこんなものに生まれ変わりたい。
こんな天国に行って、こんな神様に会いたい。
死んだあとはこんな記念品を作って欲しいなどなど。
楽しそうに綴られている。

本当のところは死んでみなければわからないし、
生きている人に伝えることもできないけれど、
亡くなった方々のことを思うと、
そこが楽しくて明るい所であってほしいと思う。

天国へのおみやげ

  • 2022/10/27(木) 20:51:49

我が家の創立時代を生きた第一期生のシスターが一人天国へ帰られた。
73年の奉献生活。
入会は18歳のときだったという。
様々な思い出を聞きながら、
優しさと厳しさが程よく備わった
「シスターの鑑」といった生き様が浮かび上がってきた。

通夜、葬儀と何人もの方が生前の思い出を語って下さった中に、
印象的なエピソードがある。

亡くなる少し前、
「天国へ行くってどうしてこんなに苦しいのかしら」と呟くシスターに
傍にいた別のシスターが
「きっと天国へ持ってゆくおみやげが重いのね」と答えたという。

天国へ持ってゆくおみやげ・・・!

なんと慰めと希望に満ちた言葉だろう。
おみやげ・・・という言葉には、なんともいえないワクワク感がある。
受け取った相手が驚いたり喜んだりする顔が目に浮かぶからだろうか。

シスターは誰におみやげをあげるのだろう。
天国に行ったら、きっとイエス様にお会いする。
先に亡くなった親兄弟やシスターたち、
そして聖母マリア、聖ヨゼフをはじめ、
生前のシスターを守護してくださった聖人たちも
シスターの帰りを待っていてくださったのではないだろうか。

こんなたくさんの方々に持ってゆくおみやげなら確かに重いだろう。
長きに渡って祈りと奉仕に励み、病の苦しみを捧げられたシスターを
天国の方々は笑顔でお迎えになったに違いない。

おかえりなさい・・・と。

慰霊祭

  • 2021/11/19(金) 20:50:27

昨日、ガラシア病院のチャペルで合同慰霊祭が行われた。
この一年間にガラシア会の
病院、老人保健施設、在宅サービスを利用されていて帰天された方々と、
職員の家族で帰天された方々を追悼するためのもの。
本来は広いホールにご遺族をお招きして行っていたが、
昨年と今年はコロナウィルスの影響で、
ご遺族はお招きせず、職員も各部署の責任者と役割のある者だけの参加。
ご遺族には後日、動画を配信して視聴していただくこととなった。

その慰霊祭で、神父様のメッセージの中に、
「カトリックでは死は終わりではなく、
私たちもいつか天国で先に亡くなった家族に会えるという希望がある。」
というような話があった。

本当の所は実際に死んでみないと分らないが、
全く何もかもが無くなるということはないように思う。
仲良しのご夫婦は死後も仲良く一緒にお散歩してそうな気がするし、
生前、私を心にかけてくれた大先輩のシスターは、
今も天国で私のために祈ってくれていると思うのだ。

洗礼の時、神父様に
「あなたはパウリーナ(私の洗礼名)、聖パウロは天国の保護者です」と
言われたとき、死ぬときは聖パウロが迎えに来てくれるんだ・・・と確信した。
全く根拠の無い直感なのだが、
私たちは既に亡くなった方や会ったことの無い先人たちとも
魂の世界でつながっているに違いない。