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みこころの祭日に

  • 2019/06/30(日) 19:48:49

イエスのみこころの祭日、日付が変わって間もない時刻に、
またひとりの姉妹が天国に帰って行った。95歳。
まだこの前のお葬式から一カ月も経っていない。
元気なときにはマトリョーシカを思わせる、
ふくよかで丸い目が印象的なシスターだった。
園田修道院の受付に居て、話し出すと止まらない。
創立者との想い出もよく話して下さった。
お葬式の今日はどしゃぶりで、あれ、雨女???と思ったが、
何よりも「御心の祭日」に逝きたかったのだと思う。
棺の中の小さな姿を見たときはなんとも淋しい気持ちになったが、
今頃は天国の共同体で、先に逝った姉妹たちに迎えられているのだろう。

さて今年の御心の祭日、
私たちはいつもミサに来て下さる神父さまの金祝をお祝いする計画を立てていた。
本会には司祭に協力し、奉仕するという使命がある。
この世の私たちには見えないけれど
天国のシスターたちも一緒にお祝いしていらしたに違いない。

金祝のお祝いカード↓
お祝いカード

大往生

  • 2019/06/20(木) 20:37:54

本会で最高齢のシスターが天に召された。
御年103歳。
今のところ本会では一番の長寿で、
創立時代を知るシスターのひとり。
その上、初代の修道会長。

いろいろと一番なシスターだったが、
私が入会した時にはすでに御高齢で、
院内奉仕や祈りの日々を過ごされていた。

美しい花や空を見ては感嘆の声とともに創造主を賛美。
少女のように可愛らしい表情は、
たくさんのシャッターチャンスや話題を提供してくださった。

近年は寝たきりで老健のお世話になっていたが、
お元気な頃は、たびたびこのブログにも登場していらっしゃる。

紅葉好き
百合学院のクリスマスにて
小細工
体育の日

食卓の花を見るたびに
「このようなきれいな花、初めてみるわぁ」を繰り返し、
ひ孫くらいの若い志願者と卓球に興じ、
生徒たちの歌声につられて歌い・・・。

今頃は天国の共同体で、
きれいな高い声を響かせながら、御父を賛美していらっしゃることだろう。

春の旅立ち

  • 2019/02/23(土) 14:17:56

長年寝たきりだったシスターが天国に呼ばれた。
もう何年も施設でベッドの上の生活。
会話もおぼつかず、昼、夕は姉妹たちが交代で食事の介助に通っていた。
お迎えは突然で、その日は昼食もおやつもしっかり召しあがったのだという。

多くの人が自宅で過ごすことを望むように、
シスターも修道院に帰りたいと願われていた。
やっと帰ってきたお通夜の日は、創立者の帰天日前日だったので、
皆が集まって創立者のためのお祈りもあった。
シスターの棺が置かれた聖堂で祈りながら
「シスターはずっと皆と一緒に祈りたかったのだろうな」と思った。

我がガラシア会には小さいながらも美しいチャペルがある。
毎日曜日ミサがあるから、
病院や老人保健施設に入院入所していても、
希望すればミサに与ることが出来るし、
司祭や係のシスターが御聖体を運んでくれる。
けれども、共同体の姉妹たちと一緒に詩篇を唱和したり、
その歌声に心を合わせてともに歌う時間というのは別物だ。

そして今日、お葬式の日はそのシスターの修道名のお祝い日。
今日、帰天日を迎える創立者とともに、
シスターの守護の聖女が呼んで下さったのかもしれない。
シスターにとっては何年も何年も待ち焦がれたお迎えだったと思う。

梅や水仙、菜の花などが春の訪れを告げ、
温かな日差しの溢れる中、シスターは天国へと旅立って行った。

死者の月の終わりに・・・

  • 2018/11/30(金) 21:11:46

11月はカトリック教会では「死者の月」
冷え込んでくる季節柄か、実際この時期に帰天する方も多い気がする。
ガラシア病院の3階と5階はホスピスなので、
11月に限らず、たびたび、お見送りがある。

ときに信者ではないけれど
ガラシアのチャプレンにお通夜、お葬式を頼みたいという方がいらっしゃり、
聖歌を歌うために病室や「やすらぎの間」にうかがうことがある。
つい最近も「聖歌を歌う」ために、ほとんど面識の無い患者さまの所にうかがった。

ご家族の方々の話をお聞きし、
その方が人生のしめくくりをガラシアで過ごされたことを喜ばれていたと知り、
うれしくなった。

一方で、私の両親は最期のときを心残り無く過ごせたのだろうかと不安にもなる。
これからも身近な人(シスターとかシスターとかシスターとか!?)を
見送る機会が多々あるだろうから、
人生のしめくくりを幸せに過ごしてもらえるように心がけないと。
・・・と、死者の月の終わりにあたり思った。

そして今日、亡くなったシスターの遺品を整理していたあるシスターから
「使えるものがあったらどうぞ」と言われ、物色したところ
工作や手芸の道具がざくざくと出てきた。
凝ったクラフトパンチやグルーガン、クリスマスのデコレーション・・・。
中には以前から「あるといいな」と思っていたものも混じっている。
生前もお世話になったけれど、天国に行ってからも気遣ってくださるとは・・・。

いつか天国で再会したら、全力でお礼を言わなければ。

お見送り

  • 2018/08/31(金) 21:13:42

昨日の朝、ホスピスに入院していた一人のシスターが旅立った。
二週間前に修道名の祝日を迎え、三日前には誕生日を迎え、
旅立ちの日は初誓願の記念日だったという。

思えば二週間前、まさにシスターのお祝い日に
「危篤」の知らせを受けて、私たちは緊張した一夜を過ごした。
その危機は乗り越えたものの、決して安心出来る状態ではなかったので、
入れ替わり立ち替わり、姉妹たちが病室を訪れて「その時」に備えた。
私も勤務の休み時間や仕事上がりに毎日様子を見に行った。

時々問いかけにうなづいたり「ありがとう」と応えてくれることもあったけれど、
たいていは苦し気な息使いで眠っていた。
その様子は見ている方も辛かったが、ある時ふと
「シスターは今戦っていらっしゃるのだ」と思った。
また「キリストの十字架に与る」というのは、こういうことなのか・・・とも。
逃げたくても逃げられない。
我慢できなくても忍耐しなければならない。
他の人にはシスターの代わりに息をしたり、苦しみを分け持つことはできないのだ。
私はただただ、シスターの苦しみが和らぐように祈り、
冷たい手を握りながら顔を眺めるくらいしかできなかった。

そしてついに「その時」が来たのである。
けれども、息が止まり、
シスターの正装に着替えて横たわるシスターの姿を見たとき、
「寂しい」と思った。
早くこの苦しみから解放されますように・・・と祈っていたのに、
いざ見送る時が来たら寂しいのだ。

風邪をひいたときには卵酒を作ってくださった。
終生誓願のお祝いにと「ひさし(ベールの下につけるもの)」を縫ってくださった。
一緒に台所に立ったこともあるし、手作りのデザートをごちそうになったこともある。
さまざまな思い出がこみ上げてきて、葬儀の最後の歌は歌えなくなってしまった。

小さな体で病の日々を戦い抜いたシスターは、
今頃天国で勝利の冠を頂いていらっしゃることだろう。