お祈り申し上げます

  • 2018/06/19(火) 20:51:59

昨日の地震で被災された方々が、早くもとの生活に戻れますように。
また、亡くなられた方々の永遠の安息を心よりお祈り申し上げます。

私たちも被災地の中におり、ご心配をおかけしていますが、
少し物が壊れたり、聖堂のマリア様がからだの向きを変えたりされたくらいで、
姉妹たちはみな無事です。

お気遣いくださった皆様、どうもありがとうございます。
引き続き、被災地のためにお祈りください。

みちづれのみことば

  • 2018/05/27(日) 15:56:54

先日、自分の道づれとなる「みことば」を探そう・・・という企画があった。
今までの自分の歩みの中に、心に残る言葉が色々ある。
ではこれからは???

私たちは「ことば」によって元気になったり、落ち込んだりする。
人生で最初に心に響いた聖書の言葉は

神は真実な方です。
あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、
試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。
(Ⅰコリント10:13.)

だった。

この言葉を残したパウロのおかげで、私は信仰を得ることになり、
その後もたびたびパウロの書き遺した言葉に支えられている。
だからこれからも道づれになるのはパウロの言葉だろう・・・ということで、
目にとまったのはこの個所だった。

すると主は、
「わたしの恵みはあなたに十分である。
力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」
と言われました。
だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、
むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。
(Ⅱコリント12:9)


自分の力不足を嘆いても先に進めない。
けれども全てを主に任せるとどうにか・・・なってきた。
「私には無理、イエス様あとはよろしく」と、祈るたびに私は恵みを頂いた。
自分が弱い時ほど、ともにいらっしゃる方の力をいただくことができる。

私ががんばるのではない。
私を使って主が働かれる・・・。
だから、成功なのか失敗なのかも「この世の物差し」や「目先の結果」では測れない。
そのことの意味が分かるまでは長い月日が必要なこともある。

「力は弱さの中でこそ、充分に発揮される」

聖霊降臨

  • 2018/05/20(日) 16:46:54

聖霊降臨おめでとうございます。
教会の誕生日にふさわしい良いお天気の日曜日になりました。

霊の結ぶ実は愛であり、
喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、23:柔和、節制です。
                          (ガラテア5.22)

霊の結ぶ実

聖霊来てください!


2018年御復活

  • 2018/04/01(日) 14:45:39

御復活おめでとうございます。
満開の桜の下、昨夜は美しい満月も見ることが出来ました。

夜桜と満月

この特別な日、新年度のスタートとも重なって、希望に心が弾みます。
受難を乗り越えて復活された主とともに、
私たちも新しい命を頂いて2018年度を歩むことができますように。


ひとりひとり自分の十字架を背負って・・・

  • 2018/03/27(火) 21:42:13

四旬節もいよいよ大詰め。
今週は聖週間で、まもなく受難と復活がやってくる。
今年は復活祭が4月1日、新年度のスタートと重なるため、
事務員は思い切り「受難」を味わっている。
ただでさえ多忙な年度末、新年度準備がさらに忙しい・・・。

そんな中、興味深いアニメーションを目にした。

人々がそれぞれ十字架を担いで歩いてゆく。
ところがそのうちの一人はなんとか楽をしようと考えて、
自分の十字架の下の方を削って短くしてしまった。
彼はしばらくは快適に歩いてゆくが、少しするとまたしても疲れて
今度は上下左右すべてを短く切り、小さな軽い十字架に改造した。

他の人が喘ぎ喘ぎ重い十字架を引きずって行くのを尻目に
彼は意気揚々と歩いて行くが、やがて崖っぷちに行きあたる。
大きな十字架を担いで来た人々は、
その十字架を向こう側へ倒し、橋にして渡って行く。
しかし小さく削られた十字架は崖の向こう側まで届かない。
そして彼の旅はそこで終わってしまった。
十字架はただの苦しみではなく、
実はさらなる困難を超えるために与えられた恵みだったのである。

「神は耐えられないような試練を与えることは無い」と聖パウロは書いたが、
「無意味な試練を与えることも無い」というのが、
そのアニメのメッセージであろうか。