世界病者の日

  • 2018/02/11(日) 11:17:43

今日はカトリック教会では世界病者の日。

ルルドに聖母がご出現になった記念の日でもある。

今年は日曜日にあたり、ガラシア病院でミサがある日。

たまたま当番に当たっていたので、奉仕してきた。


病院ではミサの前に、聖堂に来られない患者さんのところに

神父さまが「御聖体」を届けにいらっしゃる。

奉仕者が一緒についてゆくのだが、

季節がらか今日はたくさんの信者さんが病室で待っていらした。


ふと自分が足を怪我してミサに行かれなかった時のことを思い出す。

その時は院長のシスターが「御聖体」を授けてくださった。

いつもは自分が拝領の列に並んで頂きに行くけれど、

私が歩けない時にはイエス様の方から来てくださるのかと、

とても感動して泣いてしまった。


今日、ある方はベッドの上から神父様の姿を見て、

ぱっちりと目を開き、しっかりとした声でうれしそうに

「主の祈り」を唱え、「御聖体」を受けられた。

信仰を持たない人にとっては小さなウエハースに過ぎない。

けれども信仰の目で見ると、大きな助けや慰めが与えられる。


御聖体のイエス様は、一人ひとりに特別なメッセージを送ってくださっている。

ピーマン的な・・・???

  • 2018/01/24(水) 20:00:28

友人に「キリスト教入門講座」を紹介した。
ついでに自分も聴講してきた。
神父さまの話はテンポが良く、分かりやすくて、
びっくりするほど引き出しが豊かで心に響く。

その中に故渡辺和子シスターの講演の分かち合いがあった。
渡辺シスターは開口一番
「私はピーマンが嫌いです」とおっしゃったのだという。
「私はピーマンが嫌いです。
でも、ピーマンの栄養価の高さや、緑の色の美しさ、
値段の安さなどは認めないわけにいきません。」

何が言いたいのか。

「私にもピーマン的な人が居ます」

さすが・・・。

多くの人は嫌いな人の良いところを認めようとしない。
仲良しの友人がすれば称賛するようなことを
嫌いな人がしたら「それがどうした」とか「何か下心があるんでしょ」などと、
ネガティブにとらえがち。

でも、どんなに嫌いな人でも良いところは良いと認めることが
「愛し、赦す」ことの一歩であろう。
「愛」は好き嫌いを超えたところにある。
以前、ある大先輩のシスターが
「嫌いな人でも愛することは出来ます」とおっしゃった。
「愛する」とは「大切にする」こと。
嫌いな人でも大切にすることは出来る。
実行するのは、口で言うほど簡単では無いけれど。

特別な時

  • 2018/01/21(日) 21:57:54

一日黙想会では、翌日のミサで読む聖書を味わい、分かち合いをしている。
今回はマルコによる福音書1章15節~20節。
イエスの公生活最初のことば+四人の漁師を弟子にする箇所。

「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。」

以前、聖書には「時」をあらわす言葉にふたつあると聞いたことがある。
ギリシャ語の「カイロス」と「クロノス」
クロノスは「年、月、時、分」と言った物理的な時間。
カイロスは運命的で特別な瞬間をあらわす。
「時は満ち」の時はカイロスに違いなく、少し前に流行った言葉で言えば
「今でしょ」と表現されるような「時」

四人の漁師は「今、この時」イエスに呼ばれた。
「今、呼ばれた。今、応えよう。」と、仕事や家族を捨ててイエスの弟子となる。
「今」躊躇してしまったら、恐らく「次」は来ない。
チャンスに乗るためには「運を天に任せ」て、飛び込まなければならない。

「神様は決して悪いようにはなさらないから」
・・・と自分に言い聞かせて、呼びかけに応えたあの「時」を、
ふと思い出した。

神の母 聖マリア

  • 2018/01/01(月) 00:00:00

2018年1月1日
神の母 聖マリアの祭日を迎えました。
新年おめでとうございます。
皆様の上に神様の豊かな恵みがありますよう、
聖母マリアのとりつぎによってお祈りいたします。


2017年 ご降誕おめでとうございます。

  • 2017/12/24(日) 18:00:00

今朝、待降節の四本のろうそく全てに火が灯りました。
そして今夜、世を照らす光であるキリストが私たちのところにいらっしゃいます。
小さな赤ちゃんの姿で・・・。

赤ちゃんは誰かの世話にならなければ生きていかれません。
役に立つかと言われれば答えはNO。
けれども決して人を傷つけることは無く、
存在するだけで周囲の人を幸せな気持ちにしてくれます。
生きているだけで、存在するだけで素晴らしい。
私たちは本来そういう存在なのではないでしょうか。
何が出来るとか出来ないとか、
お金があるとかないとか、そんなことはどうでもよくて、
無条件に愛おしい。
父である神さまから見たら私たちはみな、
無条件に愛おしい赤ちゃんのような存在です。

様々な困難の中にあっても、
苦境に立たされていても、
今夜、小さな赤ちゃんのイエスさまが、
希望の火をともしてくださいますように。



生けるものすべて
おののきて黙(もだ)せ
世の思いすてて ひたすらに仰げ
かみの御子(みこ)は くだりたもう
このきよき日にぞ
(讃美歌100番『生けるものすべて』より)