コスモスの季節~召命の祈り~

  • 2017/10/03(火) 22:05:12

畑のコスモス
今年もコスモスの季節がやってきた。
毎年この時期に、司祭、修道者の召命を祈る「コスモスの集い」を開催している。
もう10年くらいになるだろうか。
この集まりを通して召しだされた司祭、修道者もいらっしゃる。

いつの頃からか我が家の志願者や修練者が
自分の召命について分かち合うようになった。
100人居れば100人の物語があるので、
他の姉妹の召命の話はどれもこれも興味深い。

今年はベトナム人の修練者が語ってくれた。
彼女は自分ではシスターになることを考えていなかったが、
お姉さんに勧められたときに「神の呼びかけ」を感じたという。
難しい日本語、文化の違い・・・。
ベトナムに帰りたいと思ったこともあったらしい。
召命の確認のためにベトナムに一時帰国した時は、
家族が病気をしており、日本に戻ることにとまどいもあったが、
お母さんに背中を押されて、歩みを続けたのだそう。

聞くも涙、語るも涙とはこのこと。
話そのものも泣けるが、話す彼女も涙をこらえながらだったので、
聞いている人の中にも目頭を押さえている人が居た。
一人の召命の後ろにはたくさんの人の支えや祈りがある。
皆、様々な思いを背負ってここに集められたのだ。

元気が出る秘跡

  • 2017/09/14(木) 20:59:29

先月亡くなったシスターは最後に「終油の秘跡を受けなければ・・・」
と気にしていたという。
昔は亡くなる直前に受ける秘跡だった。
今は「病者の塗油」という表現に変わり、
病人の癒しと慰めを祈って聖別された油を塗る秘跡となっている。
秘跡とは、目に見えない神の愛を見えるかたちで表現するもの。

先日、我が家で最高齢のシスターが、この秘跡を受けた。
それはかなり衰弱していて、
いつお迎えが来るかわからない・・・と診断されたから。
ところが司祭が祈りをこめて油を塗ったところ、
今までこんこんと眠っていたシスターが
「ありがとう」とはっきりした声で答え、にこにこと微笑み出したのである。
その後も状態は落ち着いていて、今にも危なかったことが噓のようだ。
塗油の秘跡で病人が元気になった話はたびたび耳にする。

教会によっては「敬老の日」のミサのときに、この秘跡を行うことがある。
私に洗礼を授けてくださった神父様は、高齢者への塗油が終わった後、
「ご希望の方はどうぞ」とおっしゃっていたので、
老いも若きもほとんどすべての参列者が油を塗られていた。
私も例外ではない。
そのおかげかどうか、大病をすることもなく今に至る。

今年ももうすぐ敬老の日がやってくる。
我が洗礼の神父様は86才。
ご自身も元気で長生きしていただきたいと切に願う。

元気になる言葉

  • 2017/09/02(土) 17:14:18

少し前に折り紙シスターの話を書いた(天の国はからしだね)。
ガラシア病院の中に点在する彼女たちの持っている本に入れる言葉は
日々増えている。
それは作っても作っても誰かに貰われていくからで、
新しい子を作るたびに、新しい言葉も追加したくなるから。

それで、日々「心に響く」とか「元気が出そう」とかいう言葉を探している。
以下はネットサーフィン中に見つけた素敵な言葉。

「吐」という漢字は「口」「+」「-」で作られています。
あなたは普段、口から+(プラス)と−(マイナス)の言葉を使うでしょう。
しかしプラスの言葉だけを使えば
「-(マイナス)」が消えて「叶(かなう)」という字になります。


「不幸」の数は指で数えられるかもしれないが、
われわれが生きていくために与えられている「幸せ」の数は
両手の指をもってしても数えきれない。


なるほど・・・。
ポジティブな言葉、考え方は幸福をもたらす。

折り紙シスターズが貰われていった先で、
周りの人を幸福にしてくれることを切に願う。

創立69年記念日

  • 2017/08/15(火) 09:41:11

本日は創立記念日。
今年で69年。
創立記念日の前夜は雑炊のみの簡素な夕食をとり、
祈りを捧げる。
雑炊は創立期の貧しかった時代の食事。
中身は茄子と玉ねぎ、キャベツだったそう。

雑炊

雑炊を食べながら、当時を知るシスターの話を聞き、
創立期に思いを馳せる。

食卓

来年は創立70周年を迎えるので、
祈りの中で準備のための特別なセレモニーも行われた。

祭壇を囲んで祈る

創立70年へ向かうスローガンを記したタペストリー
   ↓
タペストリー

今は宣き(よき)秋(とき)なり
さてパン種よ 生きて 伝えて ひろがろう

召命って・・・

  • 2017/07/24(月) 19:56:33

シスターたちの集まりで
「ザ・ライト~エクソシストの真実」という映画を観た。

主人公は葬儀屋の一人息子。
家を継ぐのが嫌で神学校に行く。
彼の家は代々葬儀屋か司祭だったから、
葬儀屋が嫌なら司祭しかないと。
しかし信仰が篤いわけでもないから、
適当に勉強したら辞めてしまおうと思っていた。

ところが神学校の指導司祭は彼の素質を見抜いて
「辞める前にちょっと見て来い…」
とバチカンのエクソシスト養成コースに送り込む。
現役のエクソシストについて
悪魔払いに関わるうちに彼は変わる。
悪魔が実在するなら、神もまた実在すると信じられるようになるのだ。

「主、キリストの御名によって命じる。この人から出て行け」

強い信仰に基づいた彼のセリフには本当に感動した。
これは彼にとっての信仰宣言だと思う。
実はこの映画を観るのは三回めだが、
思わず涙が出そうになった。

彼はまさに選ばれし者である。
自分では逃げ口実に過ぎなかった司祭への道だが、
それは明らかに神に敷かれたレールなのだ。
それは私自身の召命にも似ている。
シスターになりたかったことなんて無かった。
経済力のある男性と結婚して優雅に暮らしたいと
お気楽なことを考えていたのに、
出会ったのは素敵な男性ではなくシスターだった。

いつの間にか神に敷かれたレールに乗せられ、
気が付いたらここに居る。
それで良いのだと思う。
私が選ぶのではない。神が選ばれるのだから。

ちなみにこの映画は、実話をもとにしたホラー映画で、
モデルとなった司祭は、今もエクソシストとして働いているそうだ。