天国へ・・・

  • 2017/08/22(火) 16:38:37

先週末、園田修道院のシスターがひとり天国へ行った。
どうも病状が芳しくないらしい・・・。
病者の塗油を受けたらしい・・・と聞いている間に逝ってしまった。
翌日は休日。
お葬式の日、私はたまたま休みを取っていた。
そんなこんなで、毎日箕面と園田を往復することに。

亡くなったシスターは私に会いたかったのだろうか。
そのシスターが最後まで修道会の召命のため、
百合学院のために祈っていたと聞いて泣きそうになった。
私が今ここに居るのも、シスターの祈りの賜物だったに違いない。

「もっと違う人生があったのではないか」
「今度生まれてくるときはシスター以外の人生を生きてみたい」
と思うことはたびたびある。
にもかかわらず、
私は入会から今日まで一度も「辞めたい」「帰りたい」と思ったことが無い。
「シスターじゃなかったら、こんな仕事は絶対しないのに」と思ったりしても、
自分がヨゼフ会のシスターであることが
「神の望み」だという確信は揺らいだことが無いのだ。

亡くなったシスターは「おことばどおりになりますように」
という言葉を大切にしていたという。
受胎のお告げを受けた時の聖母の言葉。
「あり得ない」「不都合な」状況にあっても
神の望みを受け入れようとする覚悟と勇気の言葉。
私が修道生活を考え始めた時にも、この言葉が降りてきた。
「おことばどおりになりますように」

私たちは知らないところで祈られ、支えられて生きている。

サルヴェレジーナ
(棺を囲んでサルヴェ・レジーナを歌う/園田教会にて)

創立69年記念日

  • 2017/08/15(火) 09:41:11

本日は創立記念日。
今年で69年。
創立記念日の前夜は雑炊のみの簡素な夕食をとり、
祈りを捧げる。
雑炊は創立期の貧しかった時代の食事。
中身は茄子と玉ねぎ、キャベツだったそう。

雑炊

雑炊を食べながら、当時を知るシスターの話を聞き、
創立期に思いを馳せる。

食卓

来年は創立70周年を迎えるので、
祈りの中で準備のための特別なセレモニーも行われた。

祭壇を囲んで祈る

創立70年へ向かうスローガンを記したタペストリー
   ↓
タペストリー

今は宣き(よき)秋(とき)なり
さてパン種よ 生きて 伝えて ひろがろう

夏の花

  • 2017/08/11(金) 14:45:39

私たちの周りには花を生ける場所がたくさんある。
聖堂、玄関、食堂・・・。
特別な日、特別な場所に生ける花は買ってくるけれど、
多くは庭や畑を歩きまわって探す。
花の多い季節は良いが、乏しい時期は苦悩する。
今もあまり種類が多いとは言えず、
こんな荒業に走ってしまった。

百合尽くし↓
百合づくし
病院の敷地内からササユリをかき集めてチャペルの祭壇下に生けたもの。
ほとんどはまだ蕾の百合なので、咲くのを待つ楽しみもある。
百合の生命力は侮れない。
いざ探し始めたら、本当にたくさん生えていて、
急斜面や石垣の隙間など、手の届かないようなところにも咲いていた。

ゴーヤ飾り↓
ゴーヤ飾り
ベランダで育てているゴーヤを小さな実をつけたままあしらう。
ゴーヤの葉は意外にも繊細でおしゃれな形。
実はこうなるともう食べられないので、なんとなく心が咎めるけれど、
見る人が楽しんでくれるなら、それもまあ良しと・・・。

召命黙想会のお知らせ

  • 2017/07/30(日) 10:08:03

2017年度召命黙想会のお知らせUPしました。

日時 2017年9月9日(土)14:00~10日(月)15:00
場所 大阪聖ヨゼフ宣教修道女会
    本部 祈りの家
指導 山内十束神父様(御受難修道会)

申込みは開催一週間前までにお願いします。

連絡先はこちらのポスターをご覧ください⇒
(赤字部分をクリックすると表示されます)

召命って・・・

  • 2017/07/24(月) 19:56:33

シスターたちの集まりで
「ザ・ライト~エクソシストの真実」という映画を観た。

主人公は葬儀屋の一人息子。
家を継ぐのが嫌で神学校に行く。
彼の家は代々葬儀屋か司祭だったから、
葬儀屋が嫌なら司祭しかないと。
しかし信仰が篤いわけでもないから、
適当に勉強したら辞めてしまおうと思っていた。

ところが神学校の指導司祭は彼の素質を見抜いて
「辞める前にちょっと見て来い…」
とバチカンのエクソシスト養成コースに送り込む。
現役のエクソシストについて
悪魔払いに関わるうちに彼は変わる。
悪魔が実在するなら、神もまた実在すると信じられるようになるのだ。

「主、キリストの御名によって命じる。この人から出て行け」

強い信仰に基づいた彼のセリフには本当に感動した。
これは彼にとっての信仰宣言だと思う。
実はこの映画を観るのは三回めだが、
思わず涙が出そうになった。

彼はまさに選ばれし者である。
自分では逃げ口実に過ぎなかった司祭への道だが、
それは明らかに神に敷かれたレールなのだ。
それは私自身の召命にも似ている。
シスターになりたかったことなんて無かった。
経済力のある男性と結婚して優雅に暮らしたいと
お気楽なことを考えていたのに、
出会ったのは素敵な男性ではなくシスターだった。

いつの間にか神に敷かれたレールに乗せられ、
気が付いたらここに居る。
それで良いのだと思う。
私が選ぶのではない。神が選ばれるのだから。

ちなみにこの映画は、実話をもとにしたホラー映画で、
モデルとなった司祭は、今もエクソシストとして働いているそうだ。