聖霊降臨

  • 2018/05/20(日) 16:46:54

聖霊降臨おめでとうございます。
教会の誕生日にふさわしい良いお天気の日曜日になりました。

霊の結ぶ実は愛であり、
喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、23:柔和、節制です。
                          (ガラテア5.22)

霊の結ぶ実

聖霊来てください!


そなえあれば・・・

  • 2018/05/03(木) 14:26:50

都内在住の親戚に頼んで
「東京くらし防災」という冊子を入手した。
女性目線で普段の生活の中で出来る災害対策を紹介している。

例えば
出かけた先では、まず非常口を確認。
チョコレートやキャラメルなど栄養価の高いおやつを持ち歩く。
(いざという時の非常食になる)
寝る部屋に危険なものが無いかチェック
(倒れてくる危険のある家具や、落ちてきたら怪我のもとになるものは無いか
いざという時の逃げ道が確保できているか)
整理整頓は安全のためにも大切
(物が多いと逃げるときに邪魔になるかも)
ベッドサイドに靴やサンダルを置いておく。
いざという時のため、職場にも歩きやすい靴を常備する。
大きなスカーフは防寒やマスク代わりなどにも使える。
トイレの水が流れない時の簡易トイレの作り方。
などなど・・・。

普段の心がけが命を守るということで、とても勉強になった。
防災について考えていて突如思い出したみことばがある。

「気をつけて、目を覚ましていなさい。
その時がいつなのか、あなたがたには分からないからである。 」
(マルコ13:33)

70周年記念巡礼(長崎)

  • 2018/04/22(日) 11:55:52

修道会の創立70周年記念行事として、
創立者ゆかりの地を巡礼させていただいた。
参加者は23名。
黒崎の修道院(このたび閉院となる)に宿泊し、
長崎市内、外海(そとめ)地方、大村方面を廻った。

初日は残念ながらの雨。
まさに「長崎は今日も雨だった」
その中を浦上天主堂、原爆資料館、大浦天主堂などを巡礼。

二日目はキラキラの上天気。
創立者の生まれ故郷である外海地方を歩いた。
創立者は出津(しつ)の出身で、
(生家のあったあたり↓)
生家付近
その出津教会の敷地内には枢機卿親任記念に寄贈したという
ルルドの聖母像もある。
(台座の裏に
「寄贈 パウロ田口芳五郎枢機卿 1973年1月18日 枢機卿親任記念」
と刻まれている↓)
出津教会
出津で活躍したド・ロ神父さまの足跡をたどり、
神父さまから学んだ製法で作られたそうめんを昼食にいただき、
午後は黒崎修道院に立てられた記念碑の祝福式に与った。
式典
「大阪聖ヨゼフ宣教修道女会 創立者 田口芳五郎枢機卿ゆかりの地」
と書いてある。↓
記念碑

三日目は大村方面の殉教地巡り。
切支丹大名大村純忠の領地で、藩主以下全員が切支丹となったこの地では、
禁教令後、徹底的な迫害が行われたそうで、
あちらこちらにその後が残されている。
ちなみにここは「首塚」
首塚

少し離れたところに「胴塚」がある。
切支丹の「復活」を恐れて、首と胴を切り離し、
別々のところに埋められたのだとか。

最後にバスの窓から天正少年使節の像を眺めて、
三日間の盛りだくさんな巡礼が終わった。
巡礼中ずっと長崎の信者さんが運転手、ガイドを務めてくださり、
さらに行く先々の教会や資料館でも、
現地の信者さんが詳しく説明をしてくださった。
行くたびに思うことだが、長崎の人は親切で、特に信者力がすごい。

神に感謝

2018年御復活

  • 2018/04/01(日) 14:45:39

御復活おめでとうございます。
満開の桜の下、昨夜は美しい満月も見ることが出来ました。

夜桜と満月

この特別な日、新年度のスタートとも重なって、希望に心が弾みます。
受難を乗り越えて復活された主とともに、
私たちも新しい命を頂いて2018年度を歩むことができますように。


ひとりひとり自分の十字架を背負って・・・

  • 2018/03/27(火) 21:42:13

四旬節もいよいよ大詰め。
今週は聖週間で、まもなく受難と復活がやってくる。
今年は復活祭が4月1日、新年度のスタートと重なるため、
事務員は思い切り「受難」を味わっている。
ただでさえ多忙な年度末、新年度準備がさらに忙しい・・・。

そんな中、興味深いアニメーションを目にした。

人々がそれぞれ十字架を担いで歩いてゆく。
ところがそのうちの一人はなんとか楽をしようと考えて、
自分の十字架の下の方を削って短くしてしまった。
彼はしばらくは快適に歩いてゆくが、少しするとまたしても疲れて
今度は上下左右すべてを短く切り、小さな軽い十字架に改造した。

他の人が喘ぎ喘ぎ重い十字架を引きずって行くのを尻目に
彼は意気揚々と歩いて行くが、やがて崖っぷちに行きあたる。
大きな十字架を担いで来た人々は、
その十字架を向こう側へ倒し、橋にして渡って行く。
しかし小さく削られた十字架は崖の向こう側まで届かない。
そして彼の旅はそこで終わってしまった。
十字架はただの苦しみではなく、
実はさらなる困難を超えるために与えられた恵みだったのである。

「神は耐えられないような試練を与えることは無い」と聖パウロは書いたが、
「無意味な試練を与えることも無い」というのが、
そのアニメのメッセージであろうか。