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召命黙想会のお知らせ

  • 2018/09/11(火) 19:40:00

日時・場所・・・2018年9月23日(日)14:00~24日(月)15:00
         大阪聖ヨゼフ宣教修道女会 本部 祈りの家

テーマ   ・・・主が触れられるままに

指導司祭 ・・・中川博道神父さま(カルメル修道会)

対 象   ・・・修道生活に興味をお持ちの未婚女性
                    (40代までのカトリック信者)

参加費   ・・・2000円

お問合せ・お申込み・・・Sr.池田妙子(修練院)

Tel:072-728-8925
(お申込みは、開催日の一週間前までにお願いします)

一難去って、また一難・・・

  • 2018/09/08(土) 13:54:39

このたびの台風、及び地震で被災された皆様、
心よりお見舞い申し上げます。
一日も早くライフラインが復旧し、
安心して暮らせる日が来ますようお祈りいたします。

・・・かくいう私たちも台風でそれなりに怖い思いをした。
職場の窓から外を見ると、とても日中とは思えない暗さ。
激しい風が吹きまくり、一時停電もあった。
やがて、
「どこどこの信号が停電しているらしい。」
「○○のあたりは断水もしている。」
「窓ガラスが割れて怪我をした」
などなど、身近な被災情報が聞こえてきた。
三日経っても電気が来ない所もあるらしく、
オール電化のお宅などは大変そうだった。

それやこれやを考えると我が家の被災はマシな方。
ベランダには折れた枝や葉とともに毛虫が飛ばされてきていたが、
彼らも怖かったことだろう。
・・・と言っているそばから北海道では大地震。

どうなっているのか。
こうなると災害の無い日常の方が特別な気がしてくる。
災害が起こることを前提にしたライフスタイルを作っていく必要がありそうだ。
以前もご紹介した東京都発行の防災本がなかなか良い。
少しずつでも始めてゆこう…。

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共生

  • 2018/09/02(日) 11:11:04

風船かずら2018

今年もベランダの風船かずらが鈴なり。
実は今年は花が咲いてもなかなか風船にならなくて気を揉んでいた。
いろいろ調べると「受粉ができていないから」だという。
虫が来ない所に置いていたりする場合は、
人間の手で受粉してやらないといけないと。
そこで小指の爪よりも小さな花々を筆でなでて回った。

・・・やがて8月も末になり、突然小さな風船が大量に出来始めた。
今は鈴なりである。

これは私の努力の成果・・・と思いたいが、
「危険な暑さ」が和らぎはじめてから、蜂が訪問するようになっていた。
7月下旬~8月上旬にかけては暑過ぎて蜂も蝶も活動出来なかったのだろう。
いろいろなところで「今年は虫が居ない」という声を聞いていたから。

毎朝、私が水をやりに行くと蜂が居る。
一瞬「怖い」と思ったが、すぐに心を改めた。
彼らのおかげでこんなにたくさんの風船ができたのだ。
むしろ「ありがとう」じゃないか。

植物と虫は協力しあって命をつないでいるのだ。
自然界のシステムは実によく出来ている。

お見送り

  • 2018/08/31(金) 21:13:42

昨日の朝、ホスピスに入院していた一人のシスターが旅立った。
二週間前に修道名の祝日を迎え、三日前には誕生日を迎え、
旅立ちの日は初誓願の記念日だったという。

思えば二週間前、まさにシスターのお祝い日に
「危篤」の知らせを受けて、私たちは緊張した一夜を過ごした。
その危機は乗り越えたものの、決して安心出来る状態ではなかったので、
入れ替わり立ち替わり、姉妹たちが病室を訪れて「その時」に備えた。
私も勤務の休み時間や仕事上がりに毎日様子を見に行った。

時々問いかけにうなづいたり「ありがとう」と応えてくれることもあったけれど、
たいていは苦し気な息使いで眠っていた。
その様子は見ている方も辛かったが、ある時ふと
「シスターは今戦っていらっしゃるのだ」と思った。
また「キリストの十字架に与る」というのは、こういうことなのか・・・とも。
逃げたくても逃げられない。
我慢できなくても忍耐しなければならない。
他の人にはシスターの代わりに息をしたり、苦しみを分け持つことはできないのだ。
私はただただ、シスターの苦しみが和らぐように祈り、
冷たい手を握りながら顔を眺めるくらいしかできなかった。

そしてついに「その時」が来たのである。
けれども、息が止まり、
シスターの正装に着替えて横たわるシスターの姿を見たとき、
「寂しい」と思った。
早くこの苦しみから解放されますように・・・と祈っていたのに、
いざ見送る時が来たら寂しいのだ。

風邪をひいたときには卵酒を作ってくださった。
終生誓願のお祝いにと「ひさし(ベールの下につけるもの)」を縫ってくださった。
一緒に台所に立ったこともあるし、手作りのデザートをごちそうになったこともある。
さまざまな思い出がこみ上げてきて、葬儀の最後の歌は歌えなくなってしまった。

小さな体で病の日々を戦い抜いたシスターは、
今頃天国で勝利の冠を頂いていらっしゃることだろう。

天使の歌声・・・?

  • 2018/08/12(日) 17:03:53

現在、ガラシア会の職員駐車場は、いくつかに分散している。
そのうちのひとつが、修道院の畑の奥にある。
ここに行くためには修道院の前を通らなければならない。
通勤時間によっては、それがお祈りの時間と重なる。

先日、ある職員の方から
「修道院の前を通ったら、きれいな歌声が聞こえてきて、
歌詞はよく分からなかったけれど癒されました。」
と言われた。

「教会の祈り」は基本的に歌っているので、
それが外に漏れ聞こえたのだろう。

それは良かった。

不思議なことに、外に聞こえてくる歌声は美しい。
中で一緒に歌っていると、時ならぬハモりや、
輪唱が発生しているのだけれど・・・。

高齢のため高い音が出せなくなっている姉妹や、
耳が遠くてオルガンに合わせきれない姉妹が増えた。
音を外したりテンポが速すぎたり遅すぎたりすることは日常茶飯時。
にもかかわらず、
外から聞く人に喜びを与えているならありがたい。

神様はなんでも良いことに使って下さる。