小豆島

  • 2017/11/05(日) 17:24:23

小豆島巡礼に行った。
小豆島・・・と聞いて何を思い出されるだろうか。
私は「二十四の瞳」くらいしか知らなかった。
・・・が、近年(?)高山右近が十カ月の間、
隠れ住んだところとして、巡礼地のひとつとなっている。
当時、ここはキリシタン大名小西行長の領地だったそうで、
イエズス会士セスペデス神父の宣教により、
またたくまに1400人もの島民が入信したという。
右近がやってきたのは、
禁教令後も「教えを捨てず」身分を剥奪された後。
右近潜伏地付近↓

記念碑

実際の場所は草木が生い茂って近づけないので、
少し離れた場所に碑を建てたのだとか。
近隣には民家もほとんどなく寂しい。
・・・とはいえ、少し高い所に上ると瀬戸内の海が見える。
島だから当たり前だが、あらゆる場所から海が見える。
海の近くで育った私としては、それだけでも幸せいっぱいだった。

キリシタン遺物の多い土地とはいえ、
現在は小さな教会があるだけで、信徒数は少ない。
しかしその小さな教会が、なかなか素敵な建物で見応えがある。
入口には立派な右近像。
同じものが高槻、金沢、フィリピンにもある。

右近象

この地で右近が何を考え、何を祈ったのか、
何かが変わったのか変わらなかったのか、
すべて想像の域を出ないけれど、
私がこの島で感じたのは「創造主の手」。
島の複雑な地形、山々、瀬戸内海に浮かぶ島々などの様子は、
どれも美しく、創造した方を意識せずにはいられない。

人も社会も変わってゆく。
確かなものは何も無い。
けれども私たちの創造主は決して変わることも滅びることも無い・・・と、
この前の記事で書いたばかりだけれど、
右近も自然美の前で同じことを考えていたかもしれない。
いつ変わるか分からないこの世の主人ではなく、
決して変わることも滅びることもない主人について行こう・・・と。

海

いつの間にか・・・

  • 2017/10/26(木) 21:34:06

ぼんやりしている間に10月も終わろうとしている。
今月は怒涛のようだった。
ロザリオの月だからガラシア病院でもロザリオの集いがあり、
病院のマリアさま
玄関ロビーの聖母像の前で祈りがささげられた。
その後もカテドラルでの「国際協力の日」や、
ガラシア祭りやらのイベントが目白押し。
ガラシア祭りの日は台風の影響で大雨。
それでも多くの方が来院くださり、盛況のうちにお開きとなった。

その台風の後、あっちこっちで木が折れたり倒れたりして片づけに追われた。
(今月は日曜日のたびに雨が降っている気がする)
この頃よく思うこと。
それは「諸行無常」(すべてのものは変化する)ということ。
どんな状況にあっても時は過ぎてゆくし、
結構大きな木だって、一晩のうちになぎ倒されることがある。
自分自身も静かに(?)年齢を重ねているから、
色々なことが若い時のようにはいかない。

先日「方丈記」の入門書を読む機会があった。
高校生の頃
「行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず・・・」
という冒頭の部分を学んだ。
おおざっぱに言うと「この世は常に変わり続ける」という意味。
作者、鴨長明の生きた時代は様々な災害や飢饉などが次々と起こっていたそうで、なんだか今の時代に良く似ている。

変化に動じない、ものごとに縛られない、事実をありのままに受け入れる・・・。
そんなことが今すごく求められているように思う。

ちなみに、この世のものごとは変化し続けるが、
私たちの父である神は決して変わることなく永遠に存在する。

今年も・・・

  • 2017/10/13(金) 21:43:33

去年に引き続き納骨堂そうじ。
今回は9人のメンバーが納骨堂チームと祈りの家チームに分かれて活動。
祈りの家チームは、黙想用の個室の窓を一部屋ずつおそうじ。
納骨堂チームは、去年と同じように窓やら鉄格子やらを磨きまくり・・・。

納骨堂そうじ

私が納骨堂そうじをするのは、もう5~6回目になる。
毎回不思議なのは、普段締め切ってあるところなのに、
何者か(鳥とか動物とか)の糞が点在していること。
いつ、何がどうやって侵入するのだろう。
そうじをしている最中もムカデやらトカゲやらに遭遇して、
なかなかにスリリングだった。
それだけ自然環境に恵まれているということでもある。

この通り、納骨堂の鉄格子の向こうには緑が輝いている。
小さな納骨堂だけれど、小さなステンドグラスの窓や、
壁に埋め込んだ貝などがおしゃれ。
この素敵な納骨堂に、掃除の翌日新しい姉妹が入居した。
そう、8月に亡くなったシスターの納骨式だったのである。

来月は死者の月。
きれいになった納骨堂で、天国のお姉さんたちも喜んでいらっしゃるハズ。

コスモスの季節~召命の祈り~

  • 2017/10/03(火) 22:05:12

畑のコスモス
今年もコスモスの季節がやってきた。
毎年この時期に、司祭、修道者の召命を祈る「コスモスの集い」を開催している。
もう10年くらいになるだろうか。
この集まりを通して召しだされた司祭、修道者もいらっしゃる。

いつの頃からか我が家の志願者や修練者が
自分の召命について分かち合うようになった。
100人居れば100人の物語があるので、
他の姉妹の召命の話はどれもこれも興味深い。

今年はベトナム人の修練者が語ってくれた。
彼女は自分ではシスターになることを考えていなかったが、
お姉さんに勧められたときに「神の呼びかけ」を感じたという。
難しい日本語、文化の違い・・・。
ベトナムに帰りたいと思ったこともあったらしい。
召命の確認のためにベトナムに一時帰国した時は、
家族が病気をしており、日本に戻ることにとまどいもあったが、
お母さんに背中を押されて、歩みを続けたのだそう。

聞くも涙、語るも涙とはこのこと。
話そのものも泣けるが、話す彼女も涙をこらえながらだったので、
聞いている人の中にも目頭を押さえている人が居た。
一人の召命の後ろにはたくさんの人の支えや祈りがある。
皆、様々な思いを背負ってここに集められたのだ。

帰省

  • 2017/09/25(月) 20:23:04

一週間、帰省をさせていただいた。
私は物心ついたとき東京に居て、小学校低学年の時に神奈川県に引っ越した。
修道会に入るまでずっとそこに住んでいたので、言葉も感性も関東人。
だから関西の言葉や食べ物は時に新鮮で、時にとまどう。
帰省すると、めいっぱい友人や恩人と面会し、
かつて生活した場所を歩きまわる。

今回は大学のゼミの教授や仲間と会い、ついでに母校を見学した。
母校は自分たちが通っていた頃とは様々変わっていた。
当たり前だが時間の流れを感じてしまう。
友人たちもそれぞれ仕事のキャリアを重ねたり、
家庭を持ったりして、貫禄を増している。
小さい頃に住んでいた東京の町は、当時より狭く感じた。
昔からある店も少しだけ残っていたが、変化の方が多い。

実家に置いてきた古いアルバムの中には、はるか昔の若い自分が居た。
ずいぶん色々なところに行った。
あっちにもこっちにも様々な友人が出来た。
今も仲良しな人、疎遠になった人。
懐かしいけれども帰れない。
修道会入会とともに関西に移住して13年。
私の家は修道院で、家族は修道会の姉妹たちなのだと、帰省するたびに思う。