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必ず天国に・・・

  • 2020/11/15(日) 13:34:31

先日、また一人、大切な姉妹(シスター)をお見送りした。
今日まで私の周りから多くの友人、知人、家族が天国に行った。
身近で見送ることが出来た人も居れば、
かなり時間が経ってからそのことを知った人も居る。

このたびは幸いなことに身近で見送ることができた。
旅立ちの前夜もベッドの傍らで手を握っていた。
時折、苦しそうに叫んだり、手を動かしたりするので
「もう私の手を放して天国に行きたいのだろうか」
「それとも本当はまだお別れしたくないのかもしれない」などなど
色々なことを考えてしまった。

意識の無いシスターにどんな声掛けをしていいのか分からない。
そんな中で口をついて出た言葉は

「シスターは絶対に天国に行かれますから、大丈夫ですよ」

何の根拠もない。
死後のことは経験者に聞いたわけでも無いし、
もちろん自分自身も見たことは無い。
我ながら無責任だと思ったが、確信があったのだ。

既に亡くなったシスターのご両親やたくさんのシスターたち、
そして聖母マリアや守護の聖人、
さらに今、元気に生きている私たちが
皆、このシスターのために祈っているのだから大丈夫だと。

ベッドサイドに居たある高齢のシスターは昔の言葉で聖母に祈った。
「めでたし聖寵満ちみてるマリア・・・
・・・今も臨終のときも祈り給え・・・」

紅葉の美しい秋の日。
90年以上の時を信仰のうちに生きたシスターは
天国へと帰っていった。

紅葉

修道会の紹介動画が出来ました。

  • 2020/11/01(日) 22:32:50

本部修道院や誓願式、使徒職の様子などを紹介する動画を作りました。




ロザリオ月

  • 2020/10/28(水) 09:47:09

ロザリオの月(10月)ももうすぐ終わる。
毎年、ロザリオの月には最低1本のロザリオを編むように
していたが、今年はさっぱりやる気が出ず、
新しい作品は生まれなかった。

・・・が、どうでもロザリオの製作に関わらせようとする力が
どこかから働くらしい。
今年はロザリオの修理を2ヶ所から依頼された。

一本目はある姉妹からの依頼。
しかも見れば、そのロザリオは過去に私が作ったものだった。
問題が多々あって、ほとんど作り直しのような大修理になり、
仕上がったものがこちら。

ロザリオ(修理済)
(クリックすると拡大されます)

二本目は病院にある「ガラシア夫人の日本人形」が肩から下げていたもの。
透明なガラス玉で出来ていて、
人形が持つには大きな(人間が使えるサイズ)ロザリオだ。
しっかり握りしめている手を壊さないように人形から外したものの・・・。

・・・これは、新たに作り直すしかない。

針金には緑青が生え、ところどころ珠が劣化していた。
メダイや十字架もすっかり黒ずんでいる。

結局、ロザリオ月には何かロザリオを作らなければならないらしい。
ガラシア人形のロザリオは、オリジナルに近い材料を探すところからスタート。
ロザリオの聖母は、なかなかに細かいオーダーをしてくる。

ヨブ記

  • 2020/10/12(月) 21:27:13

読書の秋を過ごしている私。
今読んでいるのは「ヨブ記」の解説書。
旧約聖書の「ヨブ記」は、かなり異色の物語だと思う。
ヨブは神の前に正しい人。
その非の打ち所がない人物であるヨブが、
これでもかと不運に見舞われる。
普通なら「神も仏も(?)あるものか」と思うような状況なのに、
ヨブは「私は神から幸福をいただいた。だから不幸もいただこう」と
どこまでも信仰を失わない。

この話のすごいところは、
決して「因果応報」ではない現実を描いているところだ。
私たちはちょっといいことがあると
「日頃の行いが良いから」と言い、
悪いことが起こると
「どうして私がこんな目に」と思いがちだ。
「どうして私が…」と言う時には、
私はそんなに悪いことをしていないのに・・・という思いが潜んでいる。
だが神は善人にも悪人にも太陽を昇らせ、雨を降らせる。
その人の言動に原因を求めるのはナンセンスなのだ。

さらに「ある、ある」なのはヨブを見舞う三人の友人たち。
彼らは見舞いに来たはずなのに、
ヨブに説教をするような展開になり、却ってヨブを傷つけてしまう。
解説書の中に興味深い例があった。

著者はときどき奥さんに相談をされるという。
そこで「ああすれば」とか「それはこういうことだろう」などと
アドバイスをすると奥さんは怒ってしまう。
奥さんはただ自分の想いを聴いて共感して欲しいのだと。

…納得である。

確かにそんな時がある。
アドバイスされるよりもただ気持ちを受け止めてほしいことが・・・。

ヨブ記は色々な意味で「深い」
人生の苦難に立ち向かわねばならないときの道しるべと言える。
解説書を読み終わったら、
もう一度、聖書の「ヨブ記」を読んでみよう。

秋の散歩

  • 2020/09/27(日) 21:52:56

久しぶりに修道院の周囲を散歩した。
季節はすっかり秋。
あの暑かった毎日が嘘のように風が涼しい。
ヒガンバナ科の花や苔むした道が美しく、
足元には栗のイガやドングリが落ちている。
木の上には赤とんぼがとまっていた。

クリックすると拡大されます。↓
リコリス   赤とんぼと青空
  苔むした道

このところ、ちょっと残念なことが続いていたけれど、
(一つ一つはかなりどうでも良いことだったが)
秋の風景を眺め、涼しい風を浴びているうちに気付いた。
景色を美しいと思えること、
風が心地よいと感じられること、
これってとても幸せなことだ。
健康な体があり、外に出る自由があるということなのだから。

神のなさることは、すべて時にかなって美しい。
(伝道の書3:11)